パラッツォ・ドゥカーレへ

ヴェネツィア。北イタリアだから人々の陽気さはあまり期待できないけれど、かつての人々の政治的な賢さとその結果の財を反映した町造りならば見ることができる。結局、それが反映した社会の結果なのだ。

作成日 2007-11-13

都市はそもそも人工ではあるが、ここはまさに人工都市

PB040375.JPG 水の都ベニス。おそらく、平均的な日本人ならば誰でも知っている。なぜなら テレビ番組でよく紹介されているから。そこが観光地だということも、運河がちょっと大きめの国道のような使われ方をしていることも。そして、「美しい町」だということも。
 加えてぼくは本も読んでいたし写真も見たことがあった。塩野七生や須賀敦子の紹介で言葉の世界ではあったがベネティアをテレビで見たことがある人よりは知っていると思っていた。されとて、観光地へ行けばがっかりするものだとも知っていたから、これまでイタリアへ来ることがあってもこの街には来ようと思わなかった。その判断は失敗だったと思う。
 もし、大学時代にこの場所に来ていたら、ぼくはなんとかしてこの地に住んでみようと思ったことだろう。専門を変えてこの地で留学しようとか。いくら言葉や写真や映像で人に伝えたところでその良さは体感できない。体感できないものはその人によって役に立たない知識にしかならないのだと身にしみた。

自動車はなくすことができるのか

PB040385.JPG 何が他の都市と決定的に違うのか。それは自動車が走っていないことだろう。人が住んでいれば生活資材が必要になる。旅行者も行き来するのだから何らかの運送手段は必要で、それは太古であっても馬車があったし現代では自動車が使われる。普通に日本に住んでいたら、道には自動車が走るものだと思っている。たとえ地下鉄や自転車でことたりる生活をしているぼくだって、トラックやバスは必要だと思うし、タクシーや自家用車やバイクが道路を走っていてもなんの違和感も不愉快さも感じない。公害が社会問題していた後の時代に育ったから、人がいれば自動車社会に疑問など抱いたことはなかった。

 ホテルには夜着いた。マルコ・ポーロ空港からローマ広場までバスにのった。橋を渡ったが辺りは暗かった。バスの停留所をおりてバポレットという乗り合いバスのような水上バスの桟橋にならんで、ホテル最寄りの停留所へ行く便を待った。水上バスも観光というより実用重視のもので、20分も乗らずにアカデミア橋に到着し、すぐにホテルにチェックインした。その時点ではたいしてベネチアも普通の観光地とさほど変わらないと思っていた。

 翌朝近所を散歩していたとき、なぜこんなにさわやかな朝なんだろうかと疑問に思った。観光地だから? そもそも風光明媚なところだから? 人工が少ないから? 疑問に思いつつ運河べりの道を歩いていたとき気がついた。そうだ、トラックやバスのエンジン音がしないのだ。決して静かなわけではない。通勤ラッシュのバポレットが上り下りと川を走っているが、そうとはいえローマやフィレンツェ市内とは違うのだ。自動車がいないって、こんな劇的な違いがあるんだ。ベネチアは掛け値なしで行って見ると良い場所だけど、そこで体感してほしいのは「自動車がない世界」だろう。日本経済の根幹は自動車産業が支えていることはよくわかっているが、それがない世界も捨てたもんじゃないと知ることができる。これは、日本にいたらわかるまい。こんな発見は実際に身体ごとその場所に行ってみるからわかるのだと思う。旅行って、勉強になんだとあらためて思う。

 宿から歩いて数分でザッテレという河岸通りにでる。グランカナルよりも広い川幅の運河で、反対側の川岸にななる家々がミニチュアっぽくて楽しい。バポレットの盛んに行き交っている。水鳥も舞っている。朝の海岸のような雰囲気の中を散歩する。生活に余裕のある人がずっと住んできたのであろう。なんだか、別の世界にきてしまった気分である。普通の道ですらきれいで、それでいて観光地にようなわざとらしさがない。全く、ハイソな世界である。

 隅田川沿いのテラスのように人が走っている、という光景はあまりない。単純な朝の光景である。

IMG_4432.JPG川岸の家並みが面白い
PB040358.JPGなにげない家の要石がきれい
PB040386.JPG聖母を祀る祠が路地にある
PB040343.JPG散歩する人もまばら
PB040361.JPGこれ有名な運河か
IMG_4455.JPGここで行き止まり。少し先はサンマルコ広場。

 所要時間20分というところ。ぼくはこの朝の一時でやられてしまった。若くはないので言葉や表情にこそ表さなかったが、学生時代に来ていれば人生かわっただろうな、と思った。別に今の人生が嫌だからというわけではなくて、もっと別の世界があるんだなぁと単純に思って、そして空想したのだ。

サンマルコ広場を歩き回る

 この鐘楼から身を投げた警官。塩野七生の『緋色のベネチア』はこのシーンから始まる。確かに。これではひとたまりもないだろうな。フィクションを現実によって追体験する。これも旅の楽しみだ。それと右側にはパラツォ・ドゥカーレのピンク色の建物。カナレットの絵の風景にぼくは立っているのか。

 そういえば、旅行にでる直前、オセローの演劇が蜷川さんの演出で蒼井優がデズデモーナをやる、という宣伝のようなテレビ番組が放映されていた。この広場を蒼井優が駆けていくのだ、とかなん蜷川が蒼井に語っているシーンがなぜか印象に残ってしまった。ぼくが好きな永沢まことというイラストレーターが絵を描いた場所はどの辺なのだろうか。ムーア人はよく働く、ということばで有名な金は何処にあるのだろうか。まぁ、こういう場所にくれば、これまでのごちゃごちゃした記憶が連想によって意識にあがってくる。そのどれも大抵はどうでもいいようなことなのだ。


 何を見にここに来たのか。いつもならばローマ人の遺跡をこの目で確かめに、という単純な理由があって迷うことはない。しかし、ベネチアではそうもいかない。ルネッサンスといえばルネッサンスだが、今回はアカデミア美術館に行けばすみそうな気がする。だから、今回は芸術作品というよりも、町というもの全体を作品として観賞しようと思っている。いや、そんな大層な理由ではない。単純に、スゴイ町ってどんなのだろうか、その細部を知りたかったのだ。

 何もないところから海運と交易で財をなした人々がそのお金で何を作ったのだろうと言われれば、今になって残っているのはこの町だ。その後没落し、観光地となって今に至っている。しかし、世界を変えた場所だけに観光地としても一流である。機能的であり、なおかつ「いいな」と思える町造りって、どんなものだったのだろうか。この広場を中心にしばらく辺りを練り歩いて見ることにする。

PB040440.JPG ナポレオンすら世界一きれいな広場だと感嘆したという。確かにきれいだけれど、朝から観光客がごった返す状況だから、感覚としてきれい(ため息)というわけにはいかない。まぁ、ぼくも一人の観光客で、相手からそう思われているのだからお互い様であろう。

 市庁舎の前に海が広がっている。貿易で栄えた国だからだろうか。なぜ自分たちは生活できるのかをきちんと把握している証拠である。問題があれば国が対応するぞという意気込みを感じる。そもそも組織が正しく自分を把握することって、歴史ひも解いても例が少ないような気がする。海に面した庁舎というのは、それだけで十分意味があるのだな。これだけで、古の人のすごさがわかった気がする。海岸沿いに船が繋いである。ゴンドラもあるし、少し大きなクルーザーもあるが、とくに許可を貰ったものだけでがあるのだろう。もちろん、バポレットの停留所もある。人が乗ったり降りたりしている。

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monet.jpgベネチアの夕陽(モネ)ブリジストン美術館 ジュデッカ島の景色を見ていて思い出した。向こうにもドームと鐘楼がある。ひょっとして、モネのベネチアはここから描いたのだろうか。見え方から考えるともっと左の方角から描いたのかもしれない。東京駅の近くにブリジストン美術館があり、その常設絵画としてこの絵が飾ってある。空いているので月に何度か出向き、この絵をじっくり見ているのだが、あの絵はこの海岸から描いたのだろうか。あるいは、ジュデッカ島に滞在して、こちらを描いたのだろうか。

 普段見慣れたものとこの地がつながったような気がする。なるほど、ぼくはベネチアにいるのか。旅行に行く最大の楽しみは、記憶になかにあるその土地といま立っている土地とが同一だと感覚的に理解できたときである。ふふふ、これで只の環境客ではなくなった、と自分で勘違いしはじめた。あとは、異邦人ではなく、自分の記憶をもとにこの街を探りながら歩くことができる。

 海岸べりを歩く。高級ホテルがならんでいる。「ダニエリ」もこの並びにある。中に入ってみたいが、通り過ぎるだけにする。

 ベンチに座って新聞を読んでいる人は地元の人だろうか。ここは観光バスが列をなすわけではない。イタリア人の爺さんはリタイアした悠々自適な人なのだろう。この街に住むのは、いろいろ面倒も多いけど、悪くないだろうなと思う。

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PB040538.JPG 海岸べりの散歩から広場に戻る。30分もあればゆっくり朝の雰囲気を満喫できる。気がつくと広場の店は通常営業している。ローマのナボーナ広場くらいの大きさの場所があり、当然のごとくカフェを開いている。

 この広場の中で座ってモノを食べることは禁止されている。どうしても一服したいのならばカフェで席をとるよりない。まったく、と思ってしまうが、確かにカフェを維持するにはそうするよりないだろうなとも思う。カフェ・フロリアンは現存する最古のカフェだそうだから、歴史的な意味も含め保存してほしいなと思う。だからといって、そこでお茶を飲めるほど裕福な私ではない。

 カフェフロリアンでは楽団の演奏を提供している。それもかなり立派な楽団である。夕食時にテーブルを回ってくる流しの楽団とはちがう。正装しているし。ミュージックチャージ、高そうだ。やじ馬がたくさん聴いている。こうなると、さらに維持するためにミュージックチャージが上昇するのだろう。

路地の世界、「見通しの悪さ」の良さ

 大通りがない。幹線道路がない。笑ってしまうくらい、道がまっすぐでない。すぐに運河を渡るはめに。見通しがきかないので、そもそもどっちを歩いているのかわからない。標識を信じるよりない。また、標識が反対に伸びている道が同じ場所へ行くといっているから困ったものである。道が並行でもなければ直行の辻もないのだから、どうすりゃいいのだろう。おそらく、人に道を聞いてもムダだとわかる。

 そういう話は以前から聞いていた。本でも読んでいる。塩野七生でも須賀敦子でも読んだ。しかし、実際歩いてみると「こういうことか」と思うのは、身直には例がないから結局わかんないくても仕方がないことだ。無理ですよ、こんな風景。戦後の日本には一時期あったのかもしれない。 木村伊兵衛の写真で見たような気がする。いや、勘違いかもしれない。それくらい、今の日本で生活していたらわからない。でも逆に、それは知らなくてもいいということなのだけど。

 だからこそ、時間をとってこの街を歩きたい。目的の場所へ行く、という発想ではストレスがたまる。出たとこ勝負だろう。そう思ったほうが対処しやすい。そもそも遠くへは行けない。最悪、島の外周を巡るバポレットに乗れば、どこへでも行けるのだ。3日くらいゆっくりと時間をかけて歩くように予定を組む。そうでないなら、フィレンツェなりローマなりへ行ったほうがいいだろう。

 そこまで決心すると、ただ歩くだけで愉快な気分になれる。夏は暑いし冬は寒いから、適当な時期にくればいい。ぼくが行ったのは11月だったが、それでも寒いことはない。晴れれば暖かい。すこし歩くと汗をかく。そしたら、適当に休めばいい。そこは観光地、どこでもカフェがあるのだ。

廃虚なんだけど、内部はきれいなんだろうな

PB040469.JPG ベネチアは観光専用の街ではないのか。そういう疑問が頭に浮かぶ。というのは、街を歩くと廃虚のような地域を目にするから。廃虚といってもスラムではない。単に、うち捨てられたような一帯がある。歩いている人は路地に迷い込んだ観光客だろう。デジタル一眼レフをもったおばちゃんづれは絶対に観光客だ。ぼくもそう。スーパーのレジ袋をもったジャージ姿の人は住んでいる人だ。

 廃虚の一角には住んでいるらしき人を見かけない。また、イタリア人は窓に花を飾る人が多いのだが、廃虚と思う一角の家には花が置かれていない。だから、誰も住んでいない気がする。そうかと思うと、玄関のドアから人が出てきてたり、開いている窓から音楽が聞こえて来たりする。ゴミ袋も外にでているから、やっぱり人は住んでいるのだろう。それにしても、外壁のいたみは進んでいるようで、ホントに住んでいるのかなと疑問は残る。

 詫びさびの国に生まれたせいか、こういう疲弊した家もとっても味わいを感じる。実にいい感じで、わざとやっているのではないかという気がするくらいだ。要所要所に手が入っている。内部はインターネット完備の部屋だったりして、高額な家賃をとるアパートなのかもしれない。実はちょっとこういう部屋を借りてみたい気がしている。引っ越しが大変そうだ。荷物は手で運べるものだけになりそうだから、さっぱりした生活になるだろう。ひいては人生もそうなるかもしれない。

 こういう街を見ると、イタリアってすげぇと素直に思う。こういう古びたものであっても良いものに仕立て上げてしまうのだから。

 古いものが全部現役でがんばっているのかといえば、そうではない。やっぱり古いもものは物理的にダメなところがある。ぶらぶらつぃていたら、こんな塔を見かけた。運河沿いに建っていた塔だが、すっごく遠近感があって錯覚かなぁと思って近寄ったら、いや本当に塔が傾いた。地盤沈下のせいだろうか。さすがにこれ以上傾くとやばいだろうと思う。すでに、この段階でやばいはずだ。近くの家は危ないだろう。もし、倒れてきたら巻き添えを食うだろうから。そうはいっても、観光客はバンバンくるし、近くの家では補修が行われているところをみると何も心配する必要ないのかもしれない。全く、不思議なものだ。

 気がついたかと思うが、これらの塔は別々のものだ。つまり、傾いている塔は結構あるのだ。

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 路地は街の裂け目のようなところになる。狭い土地を効果的に使うため、広い場所は人の集まるカンポという広場になり、雨水を溜めてつくった井戸ばかりになる。上の写真のうち右側のものはカンポだ。30年前の日本ならば誰かしら野球をやっていそうなものである。しかし、今では生活者に子供がいないのか観光客しかいない。だから、街全体が一つのセットに思えてくる。

 右上の写真の広場では子供が「達磨さんが転んだ」で遊んでいた。観光客の子供なのだろう。子供がこういう街を歩いても面白くないだろう。彼は飽きていたところ広場を見つけて遊んでいる。きっと、親は子供が見える範囲で休んでいるのだろう。

 こういう遊びは世界共通なのか。何かもとの遊びがあって、それが世界中に伝搬したのか、それともなにか「本質的に共有する」理由があるのだろうか。自然に遊びが形成されるのだとすれば、それは人が生きていくために役立つ行動にリンクしているのだろうか。

 ベネチアにだって子供はたくさんいただろう。子供は遊び場を必要とするはずで、この場所が使われたであろう。普通の人の家がどれほどのものなのか内部はわからないが、明るいうちは外で遊べと言われ、ボールもなければ缶蹴りもできないならこれをやるよりない。そんな情景を想像していた。

 イタリアに来ると感心することは花である。どの家も窓には花をおく。季節によっていろいろだ。ゼラニウムなどはずっと咲いているので飾っている人は多いのだが、このとこはシクラメンが多かった。湿っぽい赤が鮮やか。シクラメンというとどうも布施明を思い出してしまい、くらいイメージと結びついてしまうのだがこうやって明るく配置することもできるのだなと思った。なるほど。

 この家は横から日光かさしているので、壁の素材感が強調されて面白い。色合いといい、素材感といい、素朴であっても洗練された壁である。胸がキュンとしてしまう。こんな家ならば、長いローンを組んでも自分で住んでみたいと思うことだろうに。日本にはあり得ない。そもそもこういう細い路地は下町しかないし、江戸時代ならばともかく、現在の下町は要するに戦後のバラックで育ったひとの感覚で作られているから、たくましさや効率はあっても、こういうセンスを求めるのは酷というものだ。

 洗濯物はどうするのか。日本ならば洗濯物というより、布団が干してありそうな気がする。洗濯物は南イタリアの風景と同様、ヒモでつってある。もっとも、こういう芸当ができるのは観光のメインルートから外れた場所だけのようで、フィレンツェ中心やローマでは見かけなかった気がする。ナポリではバンバンみた。北イタリアのベネチアでも場所によっては見かける。こんな選択ものであっても、綺麗な風景に溶け込むと、色のドットが華やぎを添えているようで面白い。人は気分がいいとなんでも良いように解釈してくれるのだ。

 それにしても道幅が狭い。その路地を抜けるといったいどこへ行くのだろう。観光客にとってはちょっと不安になる。しかし、まぁ、大抵は上の写真の家に左下にあるような標識がでている。リヒャルト橋方向と書いてある。人に道を教えるとき、どうするのだろうか。その角を右とか左とかとても言えたものではない。だから、ホテルはバポレットの停留所の近くにとった方が良いというアドバイスに耳を傾けて良かったとこのとき思った。だれのブログだか忘れてしまったけど、感謝しても感謝しきれない。

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ヴェネツィアの宿

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 アカデミア美術館からほど近い「アーリ・アルボレッティ・ホテル Agli Alboretti Hotel」に宿をとった。ベネチアではスーツケースを持っての移動には気をつけないといけない。道を歩くにはそこいらじゅうに運河にかかる橋を渡る必要があるからだ。重いスーツケースをもって、バポレットの停留所から離れたところの宿だと泣きが入る。そう誰かのブログで読んだ。このホテルはアカデミア橋の停留所から橋はない。直線の道で50mくらいだし、とても見つけやすい。

 朝食は一回のダイニングでとる。とにかく、コーヒーがおいしかった。どうやって入れるんだろう。ベネチアでは当然いろいろなところでコーヒーを飲んだが、ここのコーヒーにまさるところはなかった。といっても、コーヒーマニアではないので、通の人がどう評価するのかは知らない。

PB040322.JPG この部屋が良い部屋なのか悪い部屋なのか、全体像をしらないのでわからない。ネットで予約したとききちんと対応してくれたし、いつも笑顔で受け答えしてくれた。さすが須賀敦子さんの定宿だけはあるなぁと思った。もう一度行くならば、またここに泊まる。

PB070948.JPG 室内は広くはないが、狭くもない。なんだか落ち着く。一日歩き回ってどろどろに疲れて寝る、という雰囲気ではない。シャワーで汗をながし、紅茶でも飲みながら夜が更けていく時間を味わうような気分になる。例えば天井の照明一つとっても、そういう雰囲気になっている。

 贅沢ってなんなのだろうか。確かにこの部屋は普通の感覚では高い。しかし、ビックリするようなものではない。一泊150ユーロ。調度品にいい加減なところがなく、対応してくれる人が丁寧だから妥当な値段だろうという感じではないかと思う。贅沢は貴重品を使うことで発生するものかもしれないが、人の工夫で造り出す雰囲気からも創造できるものだろう。この宿でやすいんでいると安らぎを感じることができる。それは豪華客船では味わえない類のものなのかと思う。もちろん、ぼくは豪華客船に乗ったことはないし、乗りたいとも思っていないのでこの比較は思い込みにすぎないのだが。

 こういう電灯カバー、どこかで入手できないだろうか。寝室にはお金をかけてもいいと思うのだ。豪華なものではなく、良いものを使ってみたいなと思う。まぁ、それも実際問題妄想に違いことなのだけど。ベネチアはそういう心の余裕を見つける能力を養う場所でもあると思う。