パルテノンへ

アテネ。建築が好きだったから、誰もがたたえるパルテノンを見てみたかった。真っ青な空の下、強い太陽光をうけてまぶしく白を反射する大理石の構造物。そんなにすごいものなのだろうか、という疑問と期待とを持って。

作成日 2008-06-02

空が青い。こんなに空が青い。しかし、パルテノンは思ったほど白ではない。

P5252469_2.jpg パルテノンは見ておきたかった。本物のイオニア式柱頭をこの目で。アクロポリスの丘に登り、アテネの広さを体感しておきたかった。画像はテレビや本で紹介されているし、建築の本などにはパルテノン神殿のきれいな写真はいくらでもある。図面も出ているだろう。
 
 しかし、そういうものをいくら読んでも眺めても平均的な日本人であるぼくには神殿というものがパッとイメージできない。どんな地面の上にあるのだろうか。雑草はどんな感じで生えているのか。観光客がわんさといるとして、ゴミ箱などはどんなところに置いてあるのだろうかなどと、美術とも建築とも違うことを知ることで「実感」が湧いてくるのだけど、 こういうことはブログを検索してもわからない。
 

 本やTVで見たものは意識的に記憶しないといけない。楽しみながらというわけにはいかない。しかし、自分であるくと苦労せずとも記憶できる。建物の場所、飲み物や食べ物の値段、街の人の雰囲気。気温、湿度、そして騒音。どの国の車が多いのかまで自然と記憶される。

 なぜ頭に入るのか。それは、疲れていて思考力が弱まっているから、見たものが全部深層記憶に焼き込まれるのかもしれないなどと想像してしまう。後から思い出すとかなり編集された記憶になってしまうのは仕方ないとしても、次からアテネの街が登場する小説や映画、あるいは、TVニュースまでが自分と関係のあることとして見ることが出来る。それこそが、「自分の世界が広がった」ということなのだろうと思っている。

P5252558.jpg 都市国家ポリスはどのくらいの大きさなのだろうか。古代ギリシャについてポリスの記述を読んでいると、ポリスが一つの町会のような勘違いをしてしまう。住民全部が「あぁ、あいつね」と言えるような。大学の学部程度ならばそれは可能だが、大学全体で「あぁ、あいつね」と言えるような人は相当な有名人に限る。だから都市国家といっても、お互いを知っているような関係にあるわけがない。

 広さはスケールようなものは、読み物からは知り得ない。確かに知識としては記憶できるようになるが、だからといってそれが直感的に理解できることはない。アテネの街はこんなに広いのだ。これは、パルテノン近くのアレイオス・パゴスという丘からみた街の風景だ。東京23区なみに広いだろう。いくら古代だからとはいえ、アテネに住んでいた人がみな知り合いになれるわけはない。

 アテネを見渡すのにちょうどよいこの場所はアレオパゴスというところだった。石灰岩の白い岩石なんだろうと思うが、ごつごつした岩の塊がパルテノン神殿への入り口近くにある。パルテノン神殿への入場時間はまだのようで、すこし時間を潰すためにぶらぶらしていたらこの場所を見つけ登ってきたのだ。

 そのとき、あぁここかぁと思い出したことがある。森本哲郎の『神の旅人』という旅行記に初期キリスト教の伝道者パオロの行程をたどったものがあり、そのなかでパオロがギリシャにきてキリスト教の教えをギリシャ人に布教しようとしたくだりだ。ギリシャ人に当時の新興宗教を布教しようとした暴挙は無知ゆえだからとは思うが、彼が説明会というか集会をこころみたのはこの場所だったとあったはずだ。

 よくもまぁ、こんな古代ギリシャ文明の御神体の前で語れたものだと、その場所にたってあらためて思った。ある意味すごいが、ある意味厚かましいだろう。それもかなり。なるほど、このとき「なぜ、正月に浅草雷門の前でキリスト教の説教しようとする人がいるのか」、分かったような気がする。あの宗教はそもそもからしてそういうものなんだなぁ。だって、その宗教のでだしからそうなんだから。

P5252594.jpg パルテノン神殿の入り口が見える。丘の上は結構高低差がありそうで、よくもなぁあんな場所に石造りの神殿など建設できたものだ。現在でもいろんな工事が進められているようで、丘の上にあるほぼ全ての建物は足場で囲われている。この写真でもわかるが、足場を組むのも大変だし、そこで作業する人もおっかないのではないか。しかしだ、昔はあんな足場はなかったのだし、そもそも重機がない。素材も石だし、それをあんな上に持っていって、しかも組み立てるのだ。人力でだ。一体どういう設計工程を考えて、「よし、これなら神殿はできる」と判断できたのだろうか。その目的や工法に興味をもつが、それ以上に人を束ねる方法やそのための伝達手段などに興味をもってしまう。

 そんなことを考えながらパルテノン神殿をぼんやり眺めていたらところ、へんな行列が神殿への階段を登っていることに気づく。あれは一体なんだろう。みなおそろいの民族衣装をきているようだけど。そもそもまだ神殿はオープンしていない時間だから、神殿の行事なのかもしれない。

 そうこうしているうちにオープンの時間が近づいたのでチケット売り場で並んでいたら、先ほどの集団が上から降りてきた。不思議な衣装をつけているが、これは古代ギリシャのものではないように見える。観光客がいないパルテノン神殿へ行って、オープン前に降りてきたのだから観光客相手のものではない。ひょっとしたら、なんらかの祭事なのだろうか。でも、ギリシャはキリスト教だからパルテノン神殿でやる理由もよくわからない。はて、この人はなんだったのだろうか。

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P5252604_2.jpg 入り口から結構な坂を登っていくと入り口に到着する。なんだかワクワクするような門構えがある。太陽が向こうから指してくる。ドラマチックだ。

 ここまで来ても、崩れた石の残骸がそこかしこにごろごろしている。足を取られるとこけるだろうし、ここでこけると相当やばい。下まで転がっていったら即死だろう。改修工事が始まって何年もたつのだろうし、オリンピックだってもう過ぎている。なのになぜこんな状態なのだろう。つまりは、直すつもりなどないのではないか。あるいは、観光客が途絶える真冬にしか工事をしないとかあるのだろうか。いい加減に工事を終了させてほしいものだ。

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シュリーマンが細工させたという黄金のマスクの本物を見てみる。

P5252786_2.jpg ギリシャ彫刻を見なくてどうする。EUに参加するまえのギリシャはヨーロッパでもトップを争う治安の良さがあったそうだ。手にした地中の歩き方にもそう書いてある。だから、東京と同じ感覚とで街を歩いてみた。シンタグマ広場からパルテノンの方へ行く途中には見るべきところがいくつかあるが、歴史博物館の方へ向かう道には見どころはないようだ。地下鉄で一駅行くのもじれったいので歩いてみた。どうしたことだろうか、歴史博物館に近づくにつれ道端にうずくまっているようなホームレスか物乞いの人が目に付くようになった。あるいは麻薬中毒患者のような一種の危うさを放っている。仕方ないので、近寄らないように道路の反対側へ横断した。そういう感じの道になっている。後でアテネで長いことくらいしている日本人の女性と知り合い、ギリシャについて聞いて見たのだが、EUになったあとに治安が劇的に悪くなったそうだ。人の移動が楽なるのモ善し悪しということか。

アガメムノンのマスクのヒゲは後から付けられたのか

P5252810.jpg 国立歴史博物館にアガメムノンの金のマスクがある。まず、これを見たかった。ホメロスの文化圏にいないぼくには「アガメムノン」と言われてもピンとこない。知識としてはあるが、だからなんだというのだ。そんな程度である。

 しかし、このマスクだけはよく見ておきたかった。それは、これがシュリーマンの執念によって発掘されたからとかいう理由ではない。このマスクのヒゲは発掘後にシュリーマンらによって刻み込まれたという説を森本哲郎かなにかの本で読んでいて、それを是非とも自分で確かめたかったからである。

 マスクは正面にあった。以外に大きいものだった。フラッシュを使わなければ撮影自由なのがうれしい。早速凝視する。これがアガメムノンか。確かにヒゲがある。耳の輪郭にそって切れ込みがあるのはなぜだろうか。ここに輪ゴムでもつけるとかぶれそうな気がする。金は薄くなっている。金箔ではないが、触ってもふにゃふにゃする程度の厚さではないか。叩くと音がするのだろうか。そんな想像をしながらまじまじと見る。

 鼻が細い。口ひげに違和感を感じる。なんとも、カイゼルヒゲのように頬の辺りで上がっている。もちろん、頬のヒゲなのだが、ちょっと近代的な感じがする。なぜヒゲが大事なのか。古代のギリシャ人はみなヒゲを生やしていたそうだ。

 そういえば、ソクラテスもアリストテレスも古代のギリシャ哲学者はヒゲを生やしていたはずだ。そういう大理石の像を見たことがある。また、古代ローマの皇帝のうち、ギリシャ文化に系統した人はヒゲを生やしている。ネロ、ハドリアヌス、マルクスアウレリウスなどは皆ヒゲを生やしている。この時代のローマ人はヒゲをさっぱりとそっていたのに、彼らの胸像はヒゲがある。

 このマスクと同時に発見された別のマスクを並べてみる。

P5252811.jpgふっくらしている顔

 

P5252813.jpgいい感じの人

 

P5252814.jpg爺さんかな

 

P5252812.jpg造形力がもう一つ

 

 並べてみれば一目瞭然。シュリーマン、やりやがったな。アガメムノンのマスクのヒゲがあるところは、そもそも「余枠」である。本来ならば切り落としてもいいところ。他のお面にはヒゲがない。耳の輪郭も切れてない。 

 おそらく、アガメムノンはギリシャ人でヒゲがないと「困った」ことになるから、シュリーマンはヒゲを掘らせたのだろう。ちょうどいいことに「余枠」の部分にヒゲがつけられた。ちょっと躊躇したが、口ひげを掘ってしまった。あーあ、という気分だっただろうな、彫った人は。ヒゲさえあればギリシャ人ということで、あのマスクはめでたくアガメムノンとして世界デビューしたのだ。

 ヒゲがない状態が本来のものだろう。とすると、これはギリシャ人ではなかったのだろうな。はげ頭のやさしそうな人は、一体どいういう人だったのだろうか。男はみなヒゲを生やして威厳を持たせるというような風習圏内の人ではない。

 自分が思いえがいていたシナリオから大きく逸脱すると、どうしても現実がおかしいと思ってしまう気持ちは避けられない。そうならない訓練を積んだはずの科学者でも陥るくらいの誘惑である。だから、ドリーマーであったシュリーマンが現実を曲げたとしても、それはそれで仕方ない。プロでなくても、見ればわかることだから。

 あのマスクを直接見たおかげで、勘違いかもしれないが、シュリーマンのバカ、ということを感じることができた。そして、あのマスクはアガメムノンではないだろうこともわかった。もちろん、歴史についてはぼくは素人だから専門家の間ではどういう評定を下されているか詳しくは知らない。展示ケースの説明にもそのようなことは書かれていかなった。となると、このマスクを見ながらそんなことを考えていた東洋人はぼくだけだっただろう、あの日は。これで、一つ長年の疑問が解けた。

 とはいえ、ショウガねぇやつだ、という感想ですむだろう。学会の定説を行動をもって覆したシュリーマンの偉さはこの事実をもってしてもかわらないとぼくは思う。

ポセイドンなのかゼウスなのか、いずれにせよこれが本物?

 美術の時間で覚えた数少ない用語に「コントラポスト」がある。どれだっけなぁと言いながら探した。確かにあった。あったのだがどうしたことが手もとに写真が残っていない。残っているのはこのゼウスだかポセイドンだかの像である。ゼウスならば雷を、ポセイドンならばトライデントを持っていたはずで、それを投げつけようとしている姿である。それもブロンズ。自分の足で立っている。人よろも重い。重いもののバランスをとるのはシビアなはずで、出来た後には修正ができない。よくバランスとったまま鋳造できたよなぁと感心する。

 肉体美ということで、どれも素っ裸の像なんだけど、こういうものをまじまじと見つめるのはいささか躊躇しないわけにはいかない。男性が男性像をみるのと男性が女性像をみるのに違いはあまりないのだけど、それでも服をきているビーナス像はほれぼれと見るよりも裸体のビーナス像をまじまじと見るほうがいささか勇気が必要になる。もっとも、見たいならばじっくり見ればいい。だれも見ている人のことなど気にしないのだから。実際、このゼウス像を正面からまじまじと観賞している女性がいたのだけど、とくに「それって、どうかなぁ」ということをぼくは考えなかった。単に美術が好きな人なんだろうと思ったまでだ。

 古代ギリシャの男性はこの像のように必ずあごひげをつけている。今では中東の人がそうだ。現代のギリシャ人はそうではない。アテネを歩いていても、たくましい男性にはあまり出会わない。ごく普通の街の人である。古代は失われてしまったのだなぁと残念な気がする。

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牛にのった少年の絵は?

P5252801_2.jpg 古代ギリシャの前の文明であるミノア文明を紹介するとき、ある絵が使われることが多い。跳ね回る牛の背にのった少年の絵で、線が柔らかく色がさわやかなもので、見ているとなんだか楽しくなるものがあるはずだ。それが見たいと思っていたのだけど、ここにはなかった。きっとクレタ島の方だろう。ただし、このボクシングの絵はあった。これも以前何かで見たことがある。「あ、これこれ」と声が自然に出た。奇遇にも、ぼくの前で観賞していたフランス人?の学生さんらしき人はオリンパスのE510をもっていたので、おぉおれもだぞと声をかけたくなった。そんなことは実際できないので、とりあえず並んで同じ壁画の写真を撮っみた。

 残っていた絵の状態はよろしくなく、復元のために残っていない部分を書き足してあるが、これしか残っていないのによくやれるなと感心する。実物大かそれ以上の壁画(フレスコなのかな)。深くにも出土地は確認しなかった。どこかの島から持ってきたものだろうと思う。

 ギリシャ人もかなり昔はふんどしに弁髪だったのだろうか。なんでまたこんなに腰がまがっているのだろうか。なんでまた左手にしかグローブをつけないのだろうか。左側の人のパンチは正面から入っているが、これで勝負あったんじゃないか。などとぼやぼや考えながら見ていたが、あとからきたアメリカ人の集団に押し出されるかたちでこの絵の前から離れた。

 目の形(アイラインがはっきりしているところ)や人を真横から描いているところが、エジプト文明の風合いを感じる。当然交易があっただろうし人の行き来もあっただろうから、絵の描き方などもエジプトから学んだのかもしれない。いや、あるいは逆だったのかもしれないが。

 結構歩き回ってつかれてしまった。一休みは中庭に面したカフェで。暑い日なのだが、日陰に入る限り暑くていたたまれないということはない。からっと晴れているとはこういうことを言うのだろう。満員だったのだけど、一つ小さなテーブルが空いたのでそこに座った。ここでゆっくりとコーヒーを味わう。

 思ったほどのギリシャ彫刻(彫像)はない。きっと外に持ち出されてしまったのだろう。ギリシャの彫像がみたいのならば、ルーブルや大英博物館に行ったほうがいいのかもしれないなぁと思う。

 さて、次は土産ものをあさっていくとしよう。明日にはアテネを発つのだから。

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充実のみやげものストリートでソクラテスを探す

アテネの宿

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 シンタグマ広場からほど近い「エレクトラホテルアテナ」に宿をとった。空港からでているX29というバスにのって終点までくるとシンタグマ広場というアテネの中心で下ろされる。バス停で降り、広場沿いに歩いて2分くらい。すぐにホテルに着く。道も治安レベルもよくわからないところでは、とにかく街の中心のホテルをとり、さっさとチェックインするに限る。 

 一泊しかしなかった。朝食をとらず朝焼けのパルテノン神殿を見に行った。ホテルから10分も歩けば丘が見えるはず。ホテル前の商店街を適当に歩いていたら朝焼けに染まる丘が見えた。そこにパルテノンがあった。そういうわけで、ホテルの場所はいい。近くにファーストフードもニューススタンドもあるから、食べ物飲み物を気にせず気楽に過ごせる。

 パルテノン近くにはお土産屋が軒を連ねている通りが沢山あるし、テーブルを外に出している店も多いので歩き回るにはよい。

P5252443.jpg 部屋の広さはビジネスホテル並、窓からの眺めは悪いが一泊ならば問題ない。チェックアウトは午前4:00としたが、シンタグマ広場から空港行きのバスは24時間20分おきにある。すんなりとバスへ乗れる。