さぁ週末だ.

 週末だからといって何か特別なことをするわけではない.単に,毎週末やっている行動を今日もとるだけである.昼ごはんにラーメン,喫茶店でコーヒー,そして本屋をはしごして新書と文庫本を買う.録画してあるビデオを見て,夕ご飯を食べて,本を読んで寝る.たまにコンピュータをいじっているうちに眠くなることもある.要するに,どうということのない過ごし方である.

 普通の人は普通に過ごせばいい.普通に過ごすためにお金はかからないし時間もかかわらない.だから「長く」続けられる.気づくとその人の人生を形成しているくらいの影響力をもってしまっていることもある.ぼくは今のこの普通の過ごし方ができてよかった.そう思っている.この生活パターンは比較的意図的に準備した.もちろん偶然できた要素も大きいが,大筋はこうなったらいいなという希望の方向に進んだと思っている.

 決定的なことは住む場所の選択だろう.仕事をもってからは職場に近いところに住んだり,ちょっと電車に乗れば通えるところに住んだ.他に選択肢がないようでもあったし,普通そうするだろうと.また,一週間の殆どは職場に行くのだからそこを中心にして生活すればよい.そう考えた.ところが,この考え方は間違いだなと1年してわかった.

 結局楽しいことは何か.自分だけではなく奥さんはどうしたいのか.あれをしたいなぁ,という希望と同じくらいあそこに行きたいなぁと思うもので,その場合は住んでいる場所が決定的になる.東京ならば,山手線近傍ならば10分あるけば地下鉄の駅がある.そいうところに住めば,行きたいところには行けるもので,場所によっては電車すら使わず自電車で行ける.こういうところに住めば良い.そして,ブラブラと探すとそういう物件はあるものだ.

 今は通勤時間が2時間半かかるが,電車の方向は逆なので行き帰り座って本を読んでいる.奥さんは好きなお店でパートをしている.週末は自転車でお気に入りのラーメン,本屋,喫茶店に行く.気候が良いときは皇居前の芝生でゆっくり過ごす.こうすることすると,行楽費用はかからず,付き合いで過ごすこともなくなり,やりたいことだけに時間を費やすことができる.20年ちかく続けているが,未だに幸せな日々を送っている言えるわけだ.社会的にはごく普通の市井の人で,ごく普通の場所に住んでいるだけだけど,気分良く過ごすには工夫があればなんとかなるようだ.

 さて,今日も昼はラーメンで,夜は焼きそばとビールから.スーパーでかう焼きそばなんて安いけど,相当贅沢な時間を過ごせることがもうわかっているわけだ.