最近はずっとDeepLearningのことを勉強しているのだけど,一通り知ったはずだがそれを「体感」できるところまでは行っていない.だから「DeelLearningを理解したぜ」は言い難い状態にある.経験的に,何かを実感するところまで理解するためには,「どれだけ真剣に考えた」とか「連続して学んだ」とかいうこと以上に,「その活動をしたあとにどの程度時間が経過したか」あるいは,「それを自分の問題に使ったって結果を得たか」のが決定的だ.なので,ぼくは両者がまた足りていないのだろう.今はあるい意味「体得できた感がないのはどうしようもない,時間が経つのを待つよりない」.そう思っている.そう思っていはいけど,なにか違うことをやる気にはなれないので,とりあず普通の本を読むことにした.それが表題の本である.

一読し,本として面白い.自分の知っていること,あるいは対象を理解しょうとして考えついた形式を「上手に」記述している.よく,「自分の言葉で説明する」と言われるが,それは少なくとも自分の言葉で理解する,あるいは,学んでいるとき,対象について理解しようと努力しているときに「自分がどのように理解すれば,一番腑に落ちるのか」に力を尽くすことができる人かどうかで決まってしまう.それは日本語の文章の上手い下手以前の問題であって(そういうのは出版社が手がける以上だいたいなんとかっているだろうし),本書のようなレベルの本は,著者が「本当に理解したいとあがいた軌跡」のようなものを感じてしまい,だから多くの読者の理解を得られたのだろうと思う.結構売れた本だろうなと思う.だって,僕も他人にこの分野の本を聞かれたらこの本をすすめるもの,真っ先に.

この本は前半中盤後半に別れているが,あきあらかに後半は面白くない.ある意味,表面的な予想が記載されているようで,著者はこれを書きたいとは思っていないことが現れちゃっている.おそらく,編集の人と話していて,どうしても「これからの世の中,予測といったことを書いてください」とかなんとか言われたのかなぁと想像する.それに対し,著者の一番書き高かったことは前半であって,これれは論文には書けないことであり,講義かなにかでその片鱗を話されているかもしれないが,現在機械学習とは何だろうかなぁと学んでいる人にとっては大変よいガイドになっている.その流れで中盤もある.まぁ,たち読むするにしても数十ページは読めばいいように思う気もする(読んだら多分買うだろうし).

著者のDeepLearningの理解の形式は「なるほどなぁ,そういういうふうに考えるのか」と愉快な気分になった.ずっと考えていた人って,とくに「自分が理解したい,これはなぜだろう」が学ぶ現動力になっている人は,かならず本書にあるような「工夫」をしている.教科書的なものをそのまま記憶することはない「だって,それは納得には結びつかない」からだろうと思うが.ぼくもこれまで入門書を4,5冊読んでいたが,本書にあるような理解の形式が紹介されているものはなかった.サラッと書いてあったのかもしれないけど,結局はPythonコードやグラフのほうに目が行ってしまったのかもしれない.ただ,本書を読んだあとに,これから読む教科書や,すでに読んだ本を読み返すときに,本書での理解の形式がぼくにかなり影響してくるだろう.そう,面白いですね,勉強って.ちょっとした考えや図が,その後のものの味方に大きく影響を与えるから.