新井見枝香『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』という本が書店で平積みされていたものをたまたま目にしたので手にとり,書き出しが面白かったので購入し,その日に一読した.この本は書店員さんのブログエッセイのようで,人に読ませる文章が書ける女性店員さんの日常(仕事を含めて)思うことが綴られた本であり,書き出し以上に面白いとかゲラゲラ笑うとか,同業のために共感できるなぁとか,そういうところは全くなかったのだが,ともかく短期間に全部読んでしまった.なのでこの本はブログエッセイ?として十分に基準に達しており,買って失敗したとは思わない.そういうことを考えながら仕事をしている人なんだな,と自分の知らないことを理解できた.ただし,タイトルに関連するようなエッセイが収録されていない?ように思って,あれ,おれ釣られたか?感もちょとしたのだけど.

人に読ませる文章力は,単語と単語の関連性,理解しやすいような単語の並び,かつ黙読でもリズムをもっている,あるいは情景が浮かびやすい言葉の使い方にある.素人だと,なかなかそういうものは書けない.文法を基軸とし,論理的な記述の連続ならば勉強することで身につけることはできるが,かといってそれだけで読みやすい文章には決して至らない.記録として,行政文章や論文として文章ならば努力すればなんとかなるだろうと思っている.それは外国語で文章を書くようなもので,正しい正しくないがきちんと判定できるし,伝わる伝わらないも検証できるような作業能力だから.が,読んで楽しんでもらうというものを書くには,そのための具体的な方法はわかっているようでわかっていないように感じている.だから,これはもう才能が必要,としか言えないような気がする.したがって,ブログエッセイであろうとも,著者自身について興味をもっていない人が一冊を読み通せたという事実は,この著者には「その才能がある」ということの証拠であると言える.ぼくも,そう思う.が,正直作家というところには行けないだろうなぁとも感じてしまう.なぜだろう.

ブログエッセイに特徴的なものは,その言葉のリズムである.人の動きを想像させる会話や行動,心理描写というものがブログではあつかわない.考えていること(・・・すべきだろう的な思想),感じたこと(・・は良かった,悪かった)が記述される内容のメインになる.そうなると,それを記述しただけでは単なる「作文かよ」となってしまうので,言葉の使い方にスパイスを聞かせ,ちょっと乱暴な,普段耳にすることも目にすることもないような文体を登場させてしまう.そして,普段見慣れない文体だから,ちょっと読むと「あれ,ちょっとおもしろいな」と感じ,短いものならさっと読み通してしまう.これが,人気ブログの特徴かなぁ?と勝手にぼくは思っている.ただし,そこのは罠がある.そのような「ちょっと乱暴なスパイスのきいた文体」は,長く読んでいると気分が悪くなる.それはそうだ,身体に馴染みやすくない文体にしたら注意を払われたのだ,その文体を長く摂取していたら,気分は絶対に萎える.スパイスばかりきいたご飯を3日つづけてたべたら,なんか味噌汁とご飯でいいです,という気分になるようなものだろう.文体で読ませるブロブは書籍化すると,たいていつまらなくなり,その印象がその作家を印象づけてしまい,先にいけなくなる.つまり,本をよんでげんなりしちゃったら,ブログはもういいやとなってしまう.と,まぁぼくは想像してしまう.

ブログが面白くて,お仕事でもいろいろと企画をされるような人ならば,ここは一つ「作品」といえるようなものを書いたほうが良かったんじゃないなかぁと想像する.つまり,ブログが人気があったのでブログを出版しましたみたいなことは,やってもいいいけどやったら一回で終わりになるということだ.ブログを書くことをつづけてもブログから先に進めないとしたら,自分の思っていること感じたことを自分が語りそれを記録するというブログではなく,それを取り巻く世界を設定し,人を設定し,その世界をすべて文章で構築するとう「作品」と呼べるものをつくっていったらどうだろうかと思うのだ.つまり,ブログはどうしても実際に存在している著者と紐で繋がっている必要がある.細かいこと記述されていないことは実在の著者が担保しているようなもので,だからブログは地域も時代も超えていくことはできない.ブログ単体では必要な情報が足りていないからだ.ところが,ブログの内容が元になっていたとしても,必要な正解をすべて文章で内容に織り込んでしまえば,「すべて内容にある」ということからそれは「作品」と呼ばれるものになる.その作品には必要なものが内包されているので,地域も時代も超えて作品として時空を漂うことができるようになる.ブログ本はどうしても,単体で時空をさまようことができないので,読んだ瞬間は面白いけどそれが未来の自分に登場することがないので,ちょっと残念(損した)気分がするんだろうなぁ.