絶望というほどたいそうなことではないけれど,それでも心理的に行き詰まることは一日に何度もある.何度もあるので,冷静に考えると「さすがにありすぎる」ような気がするのだが,普通の人はどうなんだろう.「行き詰まる」のと「やり場のない不機嫌さから無気力さに落ちいる」のとは心理的過程が同じであるので,両者ともに「行き詰まる」と呼んでさしつかえないと思うので,その言葉の定義によって数え方が違ってくるだろうし,だから一月に一回とか,あるいはそこまでに至ったことはないとかのバリエーションは人によっていろいろあるだろう.ぼくのは場合は軽めの定義なので,一日に何度もという言葉がふさわしく,込んだ電車のっただけでもそう感じるくらいであるので,だから毎日といえてしまう.

新聞を読んでいて,いや厳密にいえば見出しを眺めていて,政府はだめだなぁ,高級官僚はだめだなぁ,東京都はどうして築地やオリンピックを扱えるのだろう無理じゃねぇか,上位チームでもないボブスレーチームの人からも「遅いから使わない」とつっぱねられる下町ボブスレー,一体どこが技術なんや,ただの迷惑なだけじゃねーか,なにが訴訟だよばかかよ,という気分になる.政治家や役人が腐敗していくのか,とくに今のような独裁色が強くやればみな無責任になるし,だから「そういう現象が多くなる」のは,自然現象ではある.しかし,この下町ボブスレーの連中の厚かましさだけは許しがたい.「遅い」という結果資料がでているのだら,技術を売りするのならば「それで負け,謝るのが筋」だと思うのだが,今の下町の工場の人はもやは技術屋を名乗らないでほしいよ,ほんとに.使ってくれないならば損害賠償って,正気の沙汰とは思えない,消えてほしい.

そう,絶望するのはこのようなニュースを目にしたときである.だから,自分の身の振る舞いとか能力とか運だととか,そういうことはあまりに気にならないので,だから新聞を閉じて普通に夕飯をたべてお風呂につかれば「生きてるって素晴らしいなぁ」としみじみ感じることができる.だから暗い気分からの脱出はわけがないので,精神的には安定なのだけど.