この時期の週末の夜の電車にはあまり乗りたくない。おじさんのサラリーマン、比較的若そうなサラリーマンのくだらない話を聞きたくもないのに聞かされるから。

帰りだからそれなりに疲れている。学生もお母さんもOLも多くの人が乗り合わせている。にもかかわらず、オヤジリーマンは高らかに自分たちがすごいことをしてきたと周りの人に聞かせたくはっきりとした口調で話しているところに居合わせてしまうから。

オヤジリーマンの考えてる事は大抵同じ。男は、とか、女は、とか。普遍的な日でも諭しているかのような、実に稚拙な人間観察の結果である。男はは組織の中で、と言う話しかしない。そして、女はそんな話はつまらない、と批難するというグチである。

こうしたおじさんの自慢、グチを聞かされると、確かに女性は正しくものを見ているなと判断するわけだ。おじさんである僕が聞いたとしても、お前の話はつまらん、とい気分になるのだから。

しかし、なぜとも同じことを違う電車の中で聞く羽目になるのだろうか。そして、こういうおじさんたちは例外なくネトウヨのような信念の持ち主であることが推察できることが面白い。周りの人に対する虚勢は、自分の内容のなさを薄々感じている表れで、その払拭を意識してのことかも知れない。snsで話題になるネトウヨは、その辺にいる普通のサラリーマンだと思っていいのかもしれない。特別な思想信条を持った熱狂的な愛国者ではないのかもしれない。

あまり愉快な経験をしたことがない帰りの電車の中では、なるべく乗り降りが不便な車両に乗るようにしている。そうはいっても自由度はあまりない。この時期帰りの電車はもう年会のサラリーマンで混み合う。まぁ、これも年末。