月別: 2017年11月

パソコンが冷たい季節になった

2017-11-18 ぼやき

MacBookAirを使っている.筐体はアルミ.キーボードのキーだけがプラスチック.なので,両手を置いたときに肌に触れる大部分はアルミになる.
さて,使うかとおもってパチパチと打ち始めるが,これが冷たくてなぁ.部屋の温度が下がっているのでパソコン自体の温度も下がっており,だから電源を入れても使い始めは冷たくて困る.
確かに今日は寒くなるという天気予報を昨夜から耳にしてはいたが,こういう形で「実感」することになるとは.もう冬だな.

SNSには知りたい情報が流れていることもあるので,ROMで戻る

2017-11-16 おしゃべり

つい先日のことだけど,SNSは止めた,もうしない,と決め,行動をとった.
アカウントを抹消し,中毒の原因であったスマホも手放した.
そして,その行動の理由を分なりに文書化し,ブログにアップした.

が,3ヶ月くらいだと思うけど,結局ツィッターのアカウント再取得し,気になる人をフォローしはじめた.
あぁ,と自分に少しがっかりした.
これはもう止められないのか,と苦しく感じた.

ともかく,書かないで読むだけにしてみよう.

歴史小説を読んでいると今を考えてしまう

2017-11-11 おしゃべり

歴史小説を読んでいると、その内容や時代や人の行動を追っているはずなのに、同時に今の自分の身の回りのことなどを考えてしまう。これは教科書や解説書のような本では起きない。専門家ではなく、作家が書いたものには読者に考えさせる隙が入れられているにかもしれない。

文章には視点がある。作家の作品には、それがエッセイや解説書であっても読者の視点は書かれた内容に、作家とともに向かう。一方で専門家の文章は、それらを読んでいても、視点はたしかに存在するが、自分の視点のような気分がしてこない。定まらない、だから時間を忘れてのめり込む、ということがない。いつまでも意識的に読むことに格闘せざるを得なく、だから他のことを考える隙が出来ない。

読後の満足感は、その内容の理解度で測るのではなく、自分の身の回りの出来事を別の視点からも考えることが出来たかどうかにもあるように思う。内容も分かって、気になっていたことに対しても解決の糸口が見つかった。そういう経験を積むと、本なしには生きられなくなるのではないかな。

気分次第

2017-11-08 おしゃべり

政治に関心ないほうなんだけど、今の首相以下与党政治家の言動や振る舞いを知るにつけ、関心があろうと無かろうと続報が気になり、そして知ってため息をつくことになる。

こんなこと、やらんでいい。なんで頭おかしな人の言動に付き合わなければならないのか。

そう思うのだけど、仕方ないよね、与党と役人が正気な判断が出来なくなっているのだから。今日にでも自分の身に災いが降ってくるやも知れんし。だから興味なくとも続報を見てしまう。

マスコミや有権者に怒りを転嫁しても意味がない。なぜなら、マスコミが煽り、有権者が投票した結果がこの与党なのだから。多くの人が今の状態を支持しているわけだ。

そしてなるほどと理解する。市民参加のやり方は市民次第だということであって、市民の多くをおかしな連中が占めるようになったら地獄になってしまう。市民参加、ということ自体が良い悪いの評価の対象になるのではない。まともな人がどれだけいるかだけで決まるのか。つまりどんな制度であっても、そこにまともな人がどれだけいるかだけで決まるのだなと。

まぁ個人ではいかんともし難い。その状態でイライラして人生を過ごすのは嫌だな。せめて気分だけでも安定して良く生きていくかな。