共謀罪が成立・施行されてしばらくたった.
自分でも気づかないレベルで,確実に内容を自粛をしている自分に気づくことが何度かあった.
自分でも情けないと思う反面,程度の違いはあれ,どんな人にもその影響が確実にあるのではないか.
そう疑っている.

普通の人が普通に生きている限りにおいて,特段犯罪に巻き込まれることなど日本ではなかったし,これかもそうだ.
そう一般には説明され,それをマスコミが報道している.

いや,本当にそうなんだろうか,共謀罪制定前後で何も変わらないなんてことがありえるのだろうか.
これからは違うだろう,と無意識レベルでも感じている.
BSなどでは一部報道されているが,多くの人が目にする地上波ではきちんと警戒感をもった報道はないようだ.
あったとしてもスポットでしかなく,だからその報道がきっかけで人々が疑いはじめるということはないだろう.
共謀罪前に(誰もが)予想した展開通りに,物事が進行しているわけだ.

見かけ上,つまり統計などの数値の上では「治安は改善されている」「気にする必要がない」とマスコミを通じて政府はプロパガンダするだろう.
証拠がないように細工しているのだろうから,単純な説明をもって反論することは難しいだろうし,だからマスコミでは取り上げないはずだ.
だから人知れず冤罪天国となっていくだろうし,そうなることを肌で感じていても反論は報道されない(つまり皆さん自粛をするのだから)見かけ上の治安は今後もよくなりつづけるだろう.

これって「大戦前」になったということ.
共謀罪成立前にはいろいろとニュースに取り上げられたし,市民によるデモもあちこちだったと思うのだが,今はすっかり落ち着いてしまっている.

一方で,ニュースをマメにみていると「一般の人による一般の人の行動を通報する」行為があちらこちらで推奨されていることを目にすることが多くなった,本当に.
禁煙だろうがいじめだろうが,一般には表立って反論できない,「いいこと」に分類されるような「ルールを守りましょう」という目的の下に監視社会の始まりをぼくは目撃しているわけだ.
「はじめは大したことがなかった.だれ気にもかけなかった.でも,ちょっと変化なと思うことはあった」
そう,振り返るようなコメントをする人のインタビュー番組の一場面が頭の中で再生される.
そんなYouTube動画はすでにアップされているんじゃないかな,と思いつく(確かめる気にはならないけど).

私事に忙しい素人とたいして変わらない政治家が何人も閣僚という肩書をつけていた.
インチキなことをし続けた完了はイタリアに栄転になった.
こんな茶番劇をまともに実行した内閣が現在もやりつづけている行動の結果は,これらか十分に思い知ることになる.
外見(見た目)を取り繕っても「だめなものはだめなんだな」と昨日今日の新聞をみていればわかる.
この状態はこの先もしばらく続くのだろうから,もはや「前の続き」という状態に社会が戻ることはないとぼくは覚悟している.

あまり良いことが起きそうもないのは,国内,海外ともにニュースの内容が「おかしい」からだろう.
そして,これらの疑問は「なぜこんな人が国のトップやトップ集団に君臨しているのだろうか?」である.
だれが脚光を浴びるのかは,そのときの「たまたま」だということはわかるけど,それにしても本当にそうなんだなと,ニュース映像を見ながらため息をついている.