2014年1月13日

ポエムに万歳!

小田嶋隆
新潮社
お勧め指数 □□□□■ (4)

論旨がはっきりしない、メッセージを言葉にしきれていない、あるいはそもそもメッセージなんてなく感情につりあうような単語を並べているだけの言葉をブログや広告で見かけることがある。
気になって「これはいったい何をいっているのか」と考えると途端に「無意味だ」とわかる。
そういう言葉を「ポエム」と呼び、歌詞や詩集に収められている「詩」とは区別したほうがよい。
そういう趣旨のエッセイをまとめた本だった。

講演会などで小田嶋さんの話を聴くことがある。
講演では話題に対する「ちゃちゃ」が多すぎて内容がなくなってしまうシーンが多々あるのだが、さすがに本でそれをやるわけにはいかず、論旨だけが述べられている。
小田嶋さんの話は講演だろうが本だろうが「社会、物事の嫌な側面」の指摘が多い。
だから読んででさっぱりすることはなく、むしろ休日に読むと気分が落ち込む。
それが理由で講演会などではちゃちゃをいれて、聴衆の気分をチアアップしているのかもしれない。
この本を読んでいてそう気がついた。

ただ、ここで読んだような内容を酒の席で人に話したりするのは気をつけたほうがいいだろう、と思う。
自分が知っていればいい話だから。
人に、ねぇねぇ、と言って教えるような話ではない。
内容はマスコミ報道に対する身構えのようなものだし、それを身に付けて情報をうまくフィルタすることができればこの本を読んだ意味はあるのだし。
だいたい、ちゃちゃをいれないでこの本の扱う内容をひとと話しても愉快ではないだろう。

いい本だけど、休日にゆっくり読む本ではないかな。

2014年1月 2日

村上ラヂオ2

村上春樹+大橋歩
新潮文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

書店で平積みされているのでつい手にしたが、単行本は読んだはずなので無駄な買い物なんだけど、立ち見でちらちら見ているうちにその内容をすっかり忘れていることに気づき、買ってみた。

この本で著者である村上さんも「あまり意味が無い内容」と言っているように、ほんと意味が無い内容でした。
気軽に読めるエッセイに「人生の意義」のようなテーマを求めるのは間違っているのは重々承知してますが、村上小説でのテーマにあるようなことを日常生活での出来事を題材にしたエッセイに求めるのは、やはり間違ってますね。
「どんなことが書かてているのですか?」と聞かれても、どうということはない話、「いってみればカフェでのヨモヤマ話ですね」と答えるよりない。

それでもご飯ができるまでの間、食卓テーブルに座ってビールなりワインなりをちびちびやりながら読むには「最高ーの友!」と断言できます。
その目的ならば買って損なし。
実際、週末の晩御飯を待つときの楽しみでした、この本とビール。
でも正月生活だと毎日そんな機会が多かったので、「数日で読んちゃったよ、あーぁ」です。

で、このエッセイにはどんな効能があるのか?
うん、そうだ、「NHKで放送している『世界ネコ歩き』を見るのに近い気分になれます」が正しい。
あれ、効能とか勉強になるとか求めないですよね。
それと同じエッセイですね、これ。

また、買ってこよーっと。

2013年8月 1日

ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」

中川淳一郎
宝島新書
お勧め指数 □□□□□ (5)

王様の耳はロバの耳って、でかい声で叫んでいるんだ。

そうか、頭がオカシイのはネットで話題になっている人たちではなく、それに感情的になっている自分なんか。

どんなにインターネットに詳しくても、お金をかけて時間を掛けて「それをどうやって使うのか」を学んだところで、なにかに使えるものになんてなりはしないよ、ということか。

結果は道具ではなく道具を使う人できまっちゃう。
身も蓋もないけど、するっと理解できることだよね。

妄想的な世界がネットの中にはある。


ちょっとちょっと、そっちへいくと死にますよ、本当に。


そう中川さんが普通の人に「精一杯のアドバイス」をしてくれているんだ。

ネットに繋げてウエッブをみるだけで、なんて「世界」が変わるんだよ。
なんで自分が変わるんだよ。
そんあわけねーだろう。

莫妄想、だよなぁ。
FBもTWも必要ない。
TumblrもFlickrもいらないな。
BlogspotだってGoogle+だっていらない。

そんなことに時間を費やすのはゼロにしよう。

2013年7月15日

ネットのバカ

中川淳一郎
新潮新書
お勧め指数 □□□□■ (4)

最近、本のタイトルに「バカ」なんて単語を使う本を見かける。

あまりいい流行には思えない。
「おればバカじゃないけど、バカは困るねぇー」的な話が想像され、読む前から不愉快になるから。

一方で「自分の愚かさ」を笑い飛ばしている痛快なものもある。
だからタイトルだけではなんとも言えないか。

中川さんの本は数年前に『ウェブはバカと暇人のもの』という新書を読んだ。
えらく感心した。
じつに「身も蓋もないことを」という感想を覚えている。
見たくないけど見なけりゃいけない「社会を写す鏡」を提供してくれいた。
あれを読んで「はた、何やってんだオレ、、」と反省した。
その後、元にもどっちゃったけど。

この本は、あの本から数年たってネット社会がどうなったのか、という報告であり警鐘のような内容だ。

結論は至極当たり前、と思えるもので、読後とてもさわやかな気分になる。
そうそう、これがまっとうな意見だろう。
そんな印象をもった。

ネット社会での自画自賛というかマーケッティングというか、そういうのにうんざりしていたのだけど、その作り手は「わかってやっているんだ」と知った。
こりゃ、流行りにまともにのったら「あかん」ということだな。

ネットは「すすんでいる人が使いこなすツール」という印象を持っている人がいたら、そりゃ考えなおしたほうがいい。
いまやフツーの人がフツーに使うフツーの道具だ。

よくわからない横文字単語で「これ、あたらしんだけどね」みたいなことをやって常人を突き放そうとしている人は未だにいろんなところで見かけるが、彼らはそうとう焦っているということなのかもしれない。

「おいおい、そろそろ目を覚ませ」
そう言われたような気がした。

2013年6月29日

村上朝日堂はいほー!

村上春樹
新潮文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

さらにつづけてこのシリーズを読む。
すでに本棚に並んでいるので、だいぶ前に買って読んでいるはず。
内容は完全に忘れてしまっているけど、読んだという事実は揺るぎなく持ってくる。
不思議なことだけど。

ゆるゆるの世界かと思って読み始めると、少し違う。
冗談を言っている気分がない。
うさぎがでてきたりしそうにない。

語り口がすこし厳しい。
話題もシリアスな雲行きである。
これじゃぁ「村上朝日堂」ではないじゃん。

すこし別のタイプの雑誌に連載していたものらしいので、だから村上朝日堂の緩さがないのかもしれない。
それでも、と思って読み進めていると、メッキが剥がれるようにして、ちらちらと村上朝日堂的なゆるさが垣間見れてくる。
とはいえ若干じれったい。

他のものよりページ数が少ないのに読み通すのに時間がかかってしまった。
あぁ、別のゆるい本を読むかな。