過去も現在も頭の中が決めている、と思うのだけど

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もう一週間前の記憶

突然、もう10年、20年も昔のことが頭の中で再生される。
とくに何かのきっかけがあるわけではないのに、フッと思い出してしまう。
思い出し笑いではない。
どちらかと言えば思い出したくもない、失敗だった出来事。
その核心となる一瞬を自分の目から見た映像と音が再生される。
そして、「俺って、バカだなぁ」とつぶやく。
典型的なフラッシュバックだろうか。

どうして思い出すのかわからない。
それに、つぶやきに意味があるとは思えない。
なのに口から出てしまう。
独り言と言ってしまえばそれまでだけど、このフラッシュバックは自分の意識がコントロールしていない。
なので気持ちが悪い。
口に出した後に、あっ、また過去に一瞬戻ってた、と気づくような感じ。
それがどこであろうとお構いなし。

「俺って、バカだなぁ」って口にだしてから数十秒は嫌な気分が頭の中に残っている。
人が入ったトイレの後のような感じ。
とはいえ、どっちにしろ一瞬で終わる。
だから、そんなに困ったことではないのだけど。

不思議と電車の中や会議中にフラッシュバックしてつぶやくことはない。
一人でいるときにそう口にだしている(たぶん)。
無意識でのできごととはいえ、ぼくも節度をもっているようだ。
このあたりは自分を信用していられる。

嫌なことを思い出すのは、ほんの一瞬であり、恥ずかしい気持ちが続くがそれも一瞬で過ぎ去り、日常の続きに戻っていく。
これは、「出来事」の記憶だからだろう。
しかし音楽となると事情は違ってくる。

昨日、帰る途中仕事場の部屋から一階へ階段を降りているとき、気づくと頭の中で『贈る言葉』が鳴っていた。
武田鉄矢さんのあの歌である。

最近テレビやラジオで聞いていないし、ウェブニュースで記事を見かけたこともない。
それなりに、階段を下りならがあの優しい歌声が頭の中で再生されていた。
別段悪い気分はしない、意識もその曲に同調して思い出しながら楽しんだくらい。

気分がよいときに思い出した歌謡曲は、その「再現精度」はかなり高いような気がする。
声の質、楽器の質、リズム、こんなに憶えているのかというくらいに思い出されてくる。
芋ずる式に、注意を向ければ向けたところが鮮やかに思い出される。
人の記憶ってすげぇなぁ。
なんてことを考えながら頭の中で鳴っている歌謡曲を「一緒に」たぐるの楽しさがある。
人の意識って、一体いくつの処理を同時に動かせるのだろうか。

記憶の不思議について、あれこれ考えた後に気づいた。
「良く憶えている」とか「精度が高い」とか、これらは全部「クオリア」でしかない。
つまり、本当に精度がよいかどうかと関係なく、「精度が高いと思っている」という状態でしかないわけだ。
本当のところはわからない。

過去も未来も嫌な気分も楽しい気分も、記憶のディテールもそれに驚く自分も、全部頭の中で起きている想いでしかない。

そうか、そういうことか。

ということは、ぼくが「憶えている」と思っていることも「クオリア」でしかないのかもしれない。
憶えているという内容は消えているが、憶えているという感情が湧き上がっている。
怒りも悲しみも実態はないのだから、記憶だって希望だってそうだわ。
これらは全部実態がない。
もちろん、過去も未来もそうだね。

すべては単なる感情を味わっているだけなのかもしれん。

2012.08.18

誰に語りかけるのかで変わる語尾

ブログは全く個人的なものなので、語尾なんてどうでもいいはずなのに、なぜか気になる。

特定の人に語りかけるつもりで文章を書くのならば、です・ますにするか、であるにするか対象によって、あるいは扱う内容によって変える必要がある。
義務はないし、文法としておかしいこともないけれど、伝わらないのならば損だから。

しかし、特定の人に何かを伝達する意図がない文章で、またそれが読まれる可能性はゼロならば、好きにやればいい。
だれも咎めないし、だれも不愉快にならないのだから。

それはそうなのだけど、それでも気になる。
ですますにしなくていいのだろうか。

他人のブログを見るときには、内容よりも文体に目が行く。
プロじゃないのにうまいなぁ。
人気のブログやリンクからたどれるものは、おしなべて「読みづらい」ものはない。
どうしてみなさんお書きになれるのだろうか。
どうして自分はできんのか。
文章って、めんどくさいなぁ。

そんなことを練習するために読書メモをはじめた。
去年まではそれなり続けられていた。
が、最近サボっていて、今現在でも復活できない。
メモをつけるのが土日で、本を読むのは毎日で、だからたまる一方だったし、さらに震災以後、ほとんどできなくなったし。
メモをつけてない本だけでもこれだけある。

芸術の神様が降りてくる
国がダメでも「脳」がある 自分を高度成長させる55のヒント
運力
あの世の科学
世の中の意見が私と違うときに読む本
エゾからアイヌへ
ここまでわかった!深海の謎
そして文明は歩む
コンスタンチノープルの陥落
アフガニスタンの診療所から
歴史の嘘と真実
モレスキン
ツチヤ教授の哲学の講義
中東の歴史
日本史鑑定
EVERNOTE情報整理
日本史快刀乱麻
日本の挽歌
野蛮人のテーブルマナー
食糧自給率の「なぜ?」
アメリカと比べない日本
クラウド情報整理
首都高速の謎
激変する核エネルギー環境
後藤新平の仕事
人たらしの流儀
隅の風景
福島第一原発事故と放射線
古代ローマ帝国
神々の時代
復興の精神
新・日本の七不思議
身体で考える。
日本の1/2革命
最終講義
バカの理由
ジャーナリズム崩壊
夢二の小徑
迷走する帝国(上・中)
人生の法則
鬱の力
日本人の精神と資本主義の倫理
新耳袋コレクション
おとなの男の心理学
逆境を越える知恵
知らずに他人を傷つける人たち
「おじさん」的思考
ランゲルハンス島の午後
ゆっくりと吐くこと
悪いのは私じゃない症候群
なぜあの人は逆境に強いのか
聖書を語る
世界は危険で面白い
大地動乱の時代
そんなこと、気にするな
自然を生きる
ボローニャ紀行
人類がたどってきた道
女子校育ち
14歳からの社会学
ひろさちやのあきらめ力
日本の難点
小商いのすすめ
なぜ日本は変われないのか
私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。
下山の思想
毎日トクしている人の秘密
日本の文脈
原発と祈り
放射能列島 日本でこれから起きること
クラウド超仕事法
国家の恥
新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか
生きる技法
生きるための経済学
井沢元彦の学校では教えてくれない日本史の授業
現代霊性論
原発危機と「東大話法」
動的平衡2
暇と退屈の倫理学
東北の震災と想像力
福島第一原発 真相と展望
福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書
低線量被曝のモラル
原発事故はなぜくりかえすのか
反被曝宣言
「熊取」からの提言
日本人には何がかけているのか
ニュースにならなかったあぶない事実
日本人の知らない日本語3
私たちはこうして「原発大国」を選んだ
アリストテレス入門
原発報道とメディア
増税は誰のためか
街場の読書論
噂の写相一行情報大全集
日本史の授業2天皇論
せいめいのはなし
「正義」について論じます
君がモテれば、社会は変わる。
わんぱくナポリタン
ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した
タブーの正体!
禅的生活
古代ポンペイの日常生活
進化するグーグル
騙されたあなたにも責任がある
0点主義
3・11原発事故を語る
ひろがる内部被曝
原発と日本はこうなる
原発と憲法9条
小沢革命政権で日本を救え
自分を支える心の技法
原子炉時限爆弾
地下水放射能汚染と地震
原発のないふるさとを
放射性物質の正体
放射線とのつきあい
暴走する原発
量子力学のからくり
どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?
福島原発メルトダウン
第二のフクシマ、日本滅亡
チェルノブイリ報告
結社が日本を強くする
日本を脅かす!原発の深い闇
原発は局を阻止せよ!
知的複眼思考法
原発の闇を暴く
疑う力
日枝阿礼の縄文語
街場の文体論
主体性は教えられるか
ぼくの住まい論
ユダヤ人世界征服プロトコル
「善人」のやめ方
政府は必ず嘘をつく
日本のリアル
置かれた場所で咲きなさい
サラダ好きのライオン
少しの努力で「できる子」をつくる
昭和史の正体

もう、追いつけないだろう。

せめて10年はやり続けたかった。
まぁ、読書メモといえども文章書きの練習だからいつ始めていつ終わっても問題はない。
とはいえ残念なのは、練習であってもこの訓練で文章を書くことは10年前よりも楽にはなった。
少しは成長したわけだ。

途中で投げ出すのだけはやめたい。
復帰できるかどうか。

2012.08.17

福島に行ってきた

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楽器支援のために行った中学校

福島に一泊で行く用事があったので、線量計を持って行いきました。
マスコミ報道も官庁発表も、要するに「あてにならん」からです。
少なくともうかつに信用すると自分に得なことはない。
それどころか、信じると「死んでしまう」こともある。
そう,思っているからです。
ならば自分で計る。
それが一番よい。

絶対値を計るなら、それなりの計測器が必要です。
簡易的に計るだけならば、数万円のものでもよいと思います。
が、ここは何μシーベルとだった、というためにはそれなりの線量計がいる。
ぼくが福島へ持参した線量計は14万円でした。
ボーナスをはたいて買ったわけです。
ガンマ線しか検知できませんが、シンチレーション式ですし、エネルギー補償もある。

単に福島へ数日行くだけに買ったのらば、少しオーバーな機器だと思います。
東京では今現在は必要ないですし。
けれど、そのうちどうなるわかわからないでしょう?
必要になってからでは「入手困難」になります。
するとまた、TVや政府のインチキ報道しか頼る情報だけになる。
それはなんとしても避けたい。
だから無理して購入したのです。
これが活躍する日が来ないのならば、それはそれでとても満足。
活躍するようならば、先はあまりない生活になりますが、それはそれでよい。
どっちにしても、準備しておくことに意味はあると判断しました。

行き先は福島駅に近い中学校です。
中学校にチェロとバイオリンを寄贈するグループの一員として行きました。
それで話が終わりとつまらないので、みんなで帰りに会津で一泊し、郡山から帰る。
東京ー福島ー会津ー郡山ー東京
こういう行程でした。
計測機は10分に一度記録します。
その結果をグラフにした図がこれです。

線量値.png

福島市のインパクトはすごい。
今でもこのくらい平気であります。
駅からでてすぐレンタカーに乗ったのですが、それでもこれです。
中学校に入ると除染をしているために「一気に」下がります。
が、そこから出ればまたすごい。
ここで生活するには、ピークを考えないと。
小さい子供さんは疎開が必要だって、実感しました。

高速をつかって会津へ向かいましたが、ずっと多い。
会津は大丈夫ですね。
夕飯を食べてホテルで寝ましたが、ホテルの室内のほうが高い。
東京の自宅では室内よりも外の方が高いのが普通です。
おそらく、会津は線量が低いのだけど、人々が塵を持ち込むのでしょう。
カーペットに掃除機をかけるだけで違うと思うんですけど。


こういう話を具体的に考えることができるようになったのは、値を信頼できる線量計があるからです。
この旅行をこなした後で振り返るときがあっても、「大丈夫」と言える自信があります。
その意味で線量計はありがたい。

しかし、ぼくはいいけど福島はどうなるのか。
本質的には福島はやっぱり汚染されているんだなぁ。
そう実感しました。
なんとかなるものならば、何とかしないとだめだろう。
しかし、水俣病の問題を鑑みるに、国が最後までケアすることはないだろうと思います。
残念なことですけど。
不思議なことですが、政府って集団的な行動をみると愚劣なやろうどもです。
一人一人はよい人であっても、集団化すると「変」になる。
どうしてなんだろうか。
これが非線形性のなせる技なんでしょうけど、それで話を終わらせていいものだろうか。

2012.08.02

メルマガに書いてみました

会社の広報メルマガに記事を一つ書きました。
ある種の持ち回りのようなもので、いろいろな人に書いてもらっているようで、ぼくのところにも依頼が来たわけです。

内容は研究の紹介などでよく、検閲はしませんが、最低でも1500字以上欲しいです。

そういう条件でした。
しかも、読者層は子供から大人まで、広く一般の人が目を通していると。

広報の一環ならば手伝う必要がある。
そう思ってとりあえず引き受けたのだけど、他の人が書いているようなの面白くないので変えたい。
これまでとは、ちょっと違う感じにしよう。
そう思って、したようなものを書いてみました。
(実は、このメルマガは購読していので、他の人はどうやっているのかをよくは知らないのだけど)


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こんちには、福島洋介です。ISASで助教をしています。
今回は「宇宙機の自律化」について、少しお話をさせていただきます。


「宇宙機」とか「自律化」とか、何だかわからない用語ですよね。
最初に説明しておきます。
とくに、宇宙機って変な単語だなと思われるでしょう。
「ひまわり」のような地球の周りを回る人工衛星と「はやぶさ」や「あかつ
き」のような地球の周りを回らない探査機をひっくるめて「宇宙機」って呼
んでいます。
航空機に対応して宇宙機という用語があると思えばよいです。

なので「宇宙機の自律化」とは、「宇宙機=人工衛星あるいは探査機」が
「自律化=自分で決めて働きだす」と考えれば良いです。
要するに、人工衛星や探査機が自分で考えて動いちゃう、ということです。
そんなにややこしいことを言っていません。

そりゃ、そうだろう。
人工衛星や探査機はスペースシャトルのように人が運転しているわけではな
いのだから。
自分で判断して動いているに決まっているよ。

普通そう、思われますよね。
いやまぁ、そうなんですけど・・・。


現在までにJAXAで作られ、使われた宇宙機には、多かれ少なかれ「自律
化」が施されています。
一世を風靡した「はやぶさ」でも自律化は大いに役立ったと言われています。
インターネットで「はやぶさ 自律化」をキーワードにして検索するとその
栄光を追体験することができます。

ところが実際に自律化でやった内容を調べていくと、探査機は自発的に何か
を判断して何かをした、という事実はない。
先生たちに「こうしてください」と言われたことを、その通りに探査機はや
った。

「はい、ご主人様の言われた通りに私(探査機)はやりました。疲れました。」

そういうことのようです。
それをみなさんは、すごいすごいといって絶賛しているのです。

ぼくはオーストラリアで「はやぶさ」が燃え尽きるのを間近で見ました。
天の川を背景にした夜空に「はやぶさ」が燃え尽き、その中から長く長くの
びていったカプセルの光の筋を思い浮かべることができます。
それはそれでいい思い出です。
「はやぶさ」に使われた技術も運用された人たちの努力もすばらしいとは思
いますが、しかし「はやぶさ」のお話に人々が感動する理由は「忠犬ハチ公
(ハチ公物語)」と同じなんじゃないかと思っています。


例えばこんな話です。
------------

ぼくには小学校入ったばかりの弟「ひとし」がいました。
ある日、ひとしとワンちゃんとを一緒にお使いに行かせました。
が、迷子になっちゃって、スーパーの近くをうろうろしていました。
下の階に住んでいるおばさんが見つけてくれて携帯電話でぼくの家に電話を
してくれ、ぼくはひとしたちの無事を確認できました。
そして、
「スーパーじゃなくて肉屋でコロッケとハムかつを買って帰ってこい」
とひとしに伝えました。
ひとしは、おばさんに肉屋までの道を教えてもらって、なんとか帰ってきた。
「バカやろう、まったく、心配させんなよな」

----------

「はやぶさ」のお話は、例えて言ってみれば、そういう話なんです(違うと
主張する人も多いかもしれませんが)。


弟ひとしの例え話を続けましょう。
----------

これまでそんなお使いすらできなかったのですから、大きく成長したのは間
違いないです。
人は急に成長するわけないですから、一歩の成長に喜ぶのは当然のことです。
肉屋の次はスーパーで、スーパーの次はこだわりの銘酒がある酒屋で、その
次は大型家電ショップへ。
成長するにつれ、より遠い場所へより面倒な物をお使いをすることができる
ようになっていきます。

----------


ところで、宇宙機を使う研究者たちは自分たちの指示した通りに宇宙機が動
き、観測データを獲得してくれることを切に望みます。
逆に自分たちの意図した通りに宇宙機が動かなかったらとても残念がる。
そして、どんな場合でも宇宙機は無事であってほしい、安全でいてほしいと
心配する。

そういった研究者の願いに応えるべく、「宇宙機の自律化」という機能が考
えられ、工夫されてきました。
自律化の代表的なものは、故障診断です。
人の健康診断と同じように、宇宙機のどこかに異常なところが無いか、常に
調べる機能です。
もしも異常らしきところがあったら、すぐに宇宙機は自分でその治療をする。
センサが壊れてそうならば予備のセンサに切り替える、あるいは違う種類の
センサを工夫して利用する。

故障した部分がわからないんだけど、でもなんかおかしいようだったら、
とりあえず「一番安全な」行動をとります。
おなかが痛い、熱がでている、となったらまずは寝ますよね。
それと同じです。

宇宙機はどこかが故障していないか常に自分で診断し、異常があったらすぐ
に対処します。
そういう行動をとるようにプログラムされていますので。
そして、そのおかげで危機から脱した例は数多くあります。
というより、程度の差こそあれ、ほとんどすべて宇宙機はその恩恵を受けて
います。
「健康診断によって病気の早期発見は多くの人に役立ってきた」のと同じで
す。
これが、これまで宇宙機に求められてきた「自律化」というものでした。
でも、それで終わっていいんでしょうか。


先生に言われたことは守りましょう。
親に言われたことには逆らってはいけません。

正しいとか間違っているとか、新しいとか古いとかは別にして、そんな風に
教えられたことありますよね。

まじめな子供はこの通りのことをします。
それをずっと続けていくとどうなるでしょうか。
どう考えるようになるか、どう行動するようになるのか。

「言われたことをする」という教えを律儀に守ると、「言われないことはし
ない」ということにつながりやすい。
心理学的に、あるいは教育現場の経験的な言説としてそれが正しいことなの
かは知りませんが、少なくともぼくはそうでしたので、そう考えてみましょ
う。

こういう行動を取る人は、子供のときはそれでいいですけど、大人になると
ちょっと問題があるんじゃないか。


新人社員への悪口の代表例は「言われたことをやるが、言われたことしかや
らない」というものです。
分野を問わず、証券会社からコーヒーショップまで、どんな職場でも聞きそ
うな苦言です。

でも、この新人社員は、従来から宇宙機に求められてきた「自律化」とまさ
に同じことをしています。
宇宙機では喜ばれ賞賛されているのに、新人社員ではベテランの不満の対象
になっている。

言われたことを上手にやった。
子供のころはそれで良かった。
大いにほめられ、みんなから愛されてきた。
しかし、成長すると違うらしい。

ならば、こう予測してもいいのではないでしょうか。
宇宙機に求められる自律化も、いずれそういう苦言を受ける。
言われていないことだって、自分で考えてやってくださいと。
(そう考える人は少数派かもしれないし、予想は大外れかもしれませんけど)


で、どうなるのか。
先のたとえ話を少し想像で膨らませてみますね。
----------

ぼくの言うことをよく聞いてくれたひとしも高校生になり、お駄賃の値上げ
やサボタージュ、あるいは「拒否」するようになった。
なんと生意気な。
とはいえ、かなり面倒で高度なこともお駄賃をはずめばやってくれるので助
かっている。
調子が悪くなったパソコンを渡して「なんとかしてよ」といえば、原因を突
き止め、故障した部品を秋葉原に買いに行き、バックアップしたハードディ
スクからデータを戻してくれることまでやってくれる。

「それ、バッテリーがそろそろ劣化しているようだから、新しいのに変えた
 方がいいかもね」
故障につながりそうな箇所を見つけ出し、故障前にアドバイスをしてくれる。

そして、あるとき驚くべきことを言ってきた。
ぼくに「提案」をしてきたのだ。

「兄貴、浦安の遊園地に頻繁に行くようだけど、だったらヴェネチアに行っ
 た方が良くないか?」

「ロンドンへ行くらしいね。ポアロが住んでいるヘブンマンションはバービ
 カン駅からすぐだよ。興味があるなら見てくれば。ついでにオリンピック
 も観戦できるかもね。チケット探してみようか?」

----------


高級ホテルにはコンシェルジュというサービスがあります。
なんでも相談にのってくれて、あれこれ教えてくれ、段取りや手配までして
くれるとか。
しかし、コンシェルジュのやっていることは宿泊客の「問い」に対するスタ
ッフの「丁寧な回答」でしかない。

一方、ひとしのやりはじめたことは、ぼくの問いに対する回答ではもはやな
い。
ぼくの「意図」を推測し、「嗜好」を鑑み、今するべきと判断される「選択
肢の提示」をしているのだから。
「ひとしは成長したなぁ」としみじみ思ってしまいます。


さて、この「ひとしの成長」は、宇宙機で例えるなら何が起きたのと同じな
のでしょうか。

ある天体を観測していたら、人工衛星の調子が悪くなり、これ以上の観測は
続行不可能と人工衛星が自分で判断して観測を中止した。
どうやら姿勢制御用のセンサの調子が悪く、姿勢制御がおぼつかないようだ。
なので調子が悪いセンサを必要としない姿勢制御に切り替え、相模原にいる
先生たちの指示を待ちはじめた。


この一連の動作は、従来から考えてている宇宙機の「自律化」です。
というのは、結果的に「自分で決めて働きだす」ことはしていないから。
「予定をキャンセルして休む」というものだからです。

つまり、これまで人工衛星が自分でやっていたことって、
「やめたっ、寝てよっ」
ってことだけなんです。
人工衛星が観測対象の星を見ていても、
「なんか、腹が痛いから、わりぃ、ちょっと休むわ」
と言い出す。
これが普通ですした。
これでは「ひとしの成長」には追いつけていません。


では、自律化が成長した宇宙機ではどんなことが起きるのでしょうか。
最新鋭の探査機では、相模原にいる先生たちが指示した観測を行っていたら、

「おぉ、こっちの星が面白そうだな、観測してはいかがでしょうか?」

というアドバスを探査機が先生たちにする。
ひとしの例でいえば、そういうことが起きたのです。


人に提案する探査機。
SFでは古くから考えれています。
有名なところでは映画
『2010年(原題: 2010: The Year We Make Contact)』
の後半にそういうワンシーンがあります。
(「Great Dark Spotが木星表面で増えてますけど、観測しなくていいです
  か?」というコンピュータHALからフロイド博士への提案)


では、それをJAXAの宇宙機で実現させるには、どんな手があるのだろう
か。
そして、これが研究の入り口です。


コンビニの入り口に立つとドアが自動で開きます。
駅のトイレでは手を洗おうと洗面台に手を差し出すと水道から自動で水が出
ます。
便利ですけど、
「おおぉぉ、おまえいいやつだなぁ」
と感動することはありません(たぶん)。

自分にとって便利な機能を機械に求めるだけなら、まずはそういうものが頭
に思い浮かびます。

・たばこを持ったら、火をつけてくれるという機能
・寒い日には草履を懐にいれて暖めてくれるという機能
などなど。


こんな機能を求めるつづけるのは、単に「召使い」を機械に求めているだけ。
「おれの言う通りに動いてほしい」と機械に要望するのは当たり前のことで
す。

とはいえ、それでは「こちらのことを考えて」何かをしてくれるような機械
ができるのでしょうか。

できない気がします。
というのは「ひとしは召使いでも奴隷でもはない」からです。


こう考えるは、ちょっと感傷的過ぎるのでしょうか(そうかもしれません)。


でも、どうしたら「ひとし」みたいに宇宙機は成長させられるのだろうか。
これが、この研究の目的であり、この研究に対するのぼくの動機です。
宇宙開発の現場で役立たせたいから、ではなく、単に知りたい。

そして、それを理解するのはそれを作るのがもっとも確実な方法です。

*****


こんなことを考え始めたのは、ぼくが「れいめい」衛星のソフトウエアの一
部分を書き、「れいめい」衛星の運用するにようになってからです。

決して緻密とはいえないぼくの性格を反映したソフトウエアが「れいめい」
に組み込まれています。
しっかり考えてテストしたところはそれなりに、あやふやなところもそれな
りに動作しています。

当然ですが、ソフトウエアに問題(バグ)が発見され、ちゃんと動くよう修
正し、ということを繰り返しました。
すると、ソフトウエアが安定して動作するようになり、ある意味退屈な日々
が続く。

「れいめい」を運用しているぼくは日々成長したと思っています(勘違いか
もしれないですけど)。
しかし、「れいめい」は「成長しない」ことを思い知らされます。

当たり前なんですけど。
いつまでたっても「言われたことしか」しないので。


もう長いこと付き合っているんだから、こちらがやろうとしたことくらい察
することはできんもんだろうか。

いや、察するだけじゃなくて、「こうしたらどうですかね?」などと提案し
てくれたりしないだろうか。


こういった無理な注文を「れいめい」にしたくなります。
運用期間が長くなれば長くなるほど、そう思うようになります。

自分で書いたから不思議なところはどこもないソフトウエア。
全く成長しないソフトウエアに対して抱く不満。
「ピノッキオ」のゼベットじいさんの気持ちがなんとなくわかります。

もちろん、研究者の要望に合わせてソフトウエアを書き換えることはできま
すし、実際しています。
しかし、それは「取り替え」であって「成長」ではない。
自分が賢くなるにつれ、宇宙機も賢くなっていったら楽しいだろうなぁ。


この研究は人工知能という大きな分野の一部です。
人工知能は、世界の天才たちが今現在でも熱心に作業をつづけて、研究は発
展しています。
だったら、もっと人工知能の研究成果が目で見えるかたちで宇宙機に応用で
きてもいいのに。
なかなか、こちらが求めるようなものは見当たりません。

長く運用していく探査機、とくに深宇宙を探査するものには、こちらが成長
してゆくに連れて、宇宙機も成長してゆくようなものがいい。
宇宙機が成長しないと、自分だけが一方的に歳を取っていくようで、なんだ
か悲しいですから。


疲れたときに、部屋に戻って、はぁぁぁとため息をついたら、黙って気分を
鼓舞してくれるような音楽をかけてくれる機能。

「おまえっていいやつだなぁ」と言いたくなるようなソフトウエア。

観測中に予定した内容を変更して、失敗を未然に防ぐとか、思いも寄らなか
った計画の組み直しをして想定以上の観測データを取得できる機能。

「おめぇにはかなわないよ、ホントに」と呼びかけたくなるソフトウエア。

そんなシーンがいつか実現できるのはないかと想像します。
これは「見果てぬ夢」なんでしょうか。

こう考えていたら、ぼくには先達がいることに思い至りました。
天馬博士(鉄腕アトム)とゼベットじいさん(ピノキオ)。
お二人のお気持ち、今ならわかります。


以上、宇宙機の自律化についての拙い説明でした。

長々と目を通して頂き、感謝しています。
どうもありがとうございました。

2012.08.01