正月のだらだら

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鳥獣戯画の楽しそうなうさぎたち@ウェッブから


正月期間中、ずっとだらだらしている。
それ自身は悪いことではないが、ちょっと度が過ぎた感があって反省している。
昼ご飯、おやつ、夕ご飯。
食べる量は普段の週末よりもちょっと多いくらいだし、アルコールもちょっぴり程度だが、食べるてテレビを見る以外なにもしていないのが問題。
エネルギーの入出力の収支が合っていないので、多分バランスがとれなく、大分太っているはずだ。

ダイエットは気にならないが、肥満は身体システム維持によろしくない。
その状況が長期にわたって継続すれば、そりゃ身体は破綻するに決まっている。
当然だがそれは避けたい。
俗に言う健康のためですね。

正月にはこういう生活をする人が多いのだろう。
自宅でごろごろしながらインターネットを閲覧して書き込みをする人が多いはずだ。
普段はブログをつけない人がある程度まとまったことを言い出すので、この時期いろんなところで妙な発言を目にすることが多くなる。
いろんなタイプのエントリーが上がってくるわけで、そういうものをちらちらと目にする機会が増える。

オジサンのブログはだいたい次のようになる。
「巷で有名な人より、おれの方がずっと見識あるし、立派だけど世間の人はそれを見抜いてくれなよね」という趣旨のものである。
沈着冷静を装った人のヤッカミであり、不平不満であり、泣き言である。
個人的な経験から推測すると、読まんでもええエントリーなのだが、そういうのが増殖し始める。

男性は常に「俺は偉い、スゴイ」を主張しているのだと考えてよい。
それ以外に文章を書きはじめる動機はないのかもしれない。

一方、女性はペースが変わらない。
というのは、ブログのようなメディアでは、美ということに対する情報交換ができないからだろう。

男の場合は偉さ、女の場合は美しさを広く社会に宣伝したい人がブログというメディアを使い出す。
このとき目立ってよろしくない結果を出すのは男側である。
が、「べつに、見なけりゃいいじゃん」で済むので、どうということはないのだけど。

新聞とブログとで180度違う評価が流布するのものこの時期で、不思議だと思っていた。
「おれは偉い」を主張する人が正月にブログを付けはじめるのだろうなと思えば、不思議なことはない。
評価のズレは、目立った発言にたいする攻撃だろうし。

たとえば茂木健一郎さんの言説についての反応なんかがそうだろう。
マスコミでは茂木健一郎さんは大人気で、いろんなことについての言説が茂木さんのものだというタグ付きで広められる。
脳科学をベースにいろんな分野についてコメントされるが、それらは「正しい」という評価付きなわけである。
茂木健一郎さんはきちんと研究発表されている学者であることは事実だし、アウトプットも公共の場に出している。
だから、それらがどのようなものかは興味ある人が自分で直接確認できる。

でも目立つと必ず狙われる。
いろんな分野について発言するということは、その分野で目立とうとして失敗している人からヤッカミをベースにした攻撃を食らうのは目に見えているわけである。
茂木健一郎さんは一人であるのに対し、発言を吟味する人がものすごい数になる。
そもそものテーマを巡っての議論は成立しない状況。

正月に茂木非難のコメントをいくつか目にしたが、大抵はコメント発信者の分野についての茂木さんのコメントを「だまっておれ」という態度で断罪しているものが多かった。
議論をふっかける目的は、それが男性の場合は茂木さんを倒すこと、つまりは目星を気づけて、「茂木健一郎よりもおれのほうが凄いぜ」を広く知らしめることが理由だったいする。
これじゃぁ生産的的な会話成立しない。
つぎからつぎへと現れる圧倒的多数の「おれは偉い」人間を相手してもキリがない。

この場合、そのコメントを目にする普通の人は「ばかじゃん」と思っちゃうことである。
両者がやっていることは単なるケチ付けであり、その応酬であり、要するにケンカなんだわ。
両者ともに読むに耐えなので、読むことはない。

正月はネットもだらだらしているなぁ。

2011.01.02

今年で一杯一杯であろうもの、それは新規に始めること

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スカイツリーと初日の出@実家


何をするも期限というものがあり、そのなかで始めるか終わるかしないと「縁」が消えてしまうと思います。
根拠はないんですけど。

歳を取ってから始めるとむごい結果で終わるのが確実なことってあるじゃないですか。
ぼくは30過ぎでチェロを習いはじめましたが、そもそも音楽なんてのに無関係に生きてきたので譜面は読めないし、ちょっと手も素早く動かないので二重苦の状態が続きました。
まだつづいていますが、もっと前からやればよかった。
勉強もそうだけど身体を動かすことが主体なものなら始めるのは四十で限界なんだわ。

やりたいなと思ったことはそれなりに手を付けてきました。
このブログだって、面白くて読みやすい文章が書けたらなと思ってスタートしたんですけど、まぁ日暮れて道遠しの感はあります。
それでも6年前にスタートしてなかったら、こんな文章ですら書けなかったですよ。
昔のエントリーを読むとそれ実感します。
いやほんとに。
下手は下手のレベルで上達すると思います。
とりあえず、仮でいいのでスタートさせるべきです。

そろそろぼくも新しいことをスタートさせるには限界です。
では今年何をスタートさせてみたいか。

絵や音楽、あるいは写真といった芸術は習得に時間がかかります。
いやこればかりは時間があってもどうにもならないことです。
が、本人が楽しむだけなら習得に費やした時間は無駄にはなりません。

スポーツは、もういいや。
合気道をやってみたいと思ったことがありますが、実際問題練習する時間がないのでぼくには縁がなかったなと思っています。
これまでに手をつけたものを育てることで精いっぱいでしょう。

そんな状態で何を始めたいか。
日本映画探訪は去年の夏にスタートしました。
これは良かった、ホントに。
今後は現場を歩くなんて楽しみもあります。
そういう発展性のある楽しみはなにか。

地味だが、麻雀でもやろうかと思っています。
今から憶えても仕方のないことだけど、それでもいいかなと。

まぁ、また一年あります。
気楽に考えていきます。

2011.01.01