2010.06.20

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ランドリルモールにあるゴミ箱

【記】アデレード日記(1)


飛行機乗り継ぎの関係からアデレードに滞在する。
街をぶらぶらする。
最初なんだか違和感があった。
砂漠の生活になれてしまって、人が大勢いるなかを歩くのには緊張したせいだ。
田舎の人が都市にでたときの感覚に近いものがあるかもしれない。
これまでの旅行経験では砂漠はなかったから、こういう気分になったのは初めて。
他のメンバもそう感じたのではないか。
人は環境に慣れるのが早いと痛感した。

iPodにはネットでダウンロードした『世界街歩き』のテーマ曲を入れてある。
これを聞きながら異国の街を歩くの、ちょっとやってみたかった。
そんなことを同行のメンバに話したら、オジサンも若い女性もその意見に同意してくれた。
NHKのあの番組は世代を問わず人気があるようだ。

もう、カプセルのことは頭から消え、ただの旅行気分。
明日から普通の日々が待っている。
これといって大冒険ではなかった。
顔面蒼白な経験もなかったし、ケガをしたわけでもない。
計画通りすんなりといってしまった。
これも、事前の準備がよく、しかも運が良かったのだろう。
たまにはこういう仕事もいいかな。

2010.06.19

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カプセル回収班でつかった車の勢ぞろい

【記】ウーメラ日記(6)


今日がラスト一日である。
やる事がないといえばないので、ウーメラ村の散策。
WPAという領域の見学。
コンテナの準備は予定通りに終了したので、一日の予備日がまるまる空いた。
さぁ、遊ぶぞう。
そう言っても、なにもないんだよねぇ、ホント。

一応見学者用に博物館がある。
この場所でイギリス・オーストラリア、およびESAが宇宙開発を行っていたので、そのときの記念品がある。
ロケットだけでなく、軍事用の航空機などもいろいろ試験していたし、今ではミサイルなどの試験をしているそうである。
要するに、軍事基地のまっただなか。
だからうかつに写真がとれない。
ウーメラでは問題ないけれど。

WPAという領域内に、非常に不思議なものがあった。
先に見学した人の話によると、「風の谷」だそうだ。
なんだよ、ジブリオタク?とぼくはその人の発言を信用していなかった。
が、実際その場所に行って唖然とした。
ほんとだ、風の谷だ、ここは。
写真なんぞを載せたいところが、多分ダメといわれるから載せないけど、あの映画はあの場所をモデルにしたんじゃないか、と思うようなところである。
風の谷だけでなく、死海のおまけ付き。

2010.06.18

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ウーメラで一番頼りになるお店、スーパーマーケット

【記】ウーメラ日記(5)


今日がラスト一日である。
やる事がないといえばないので、ウーメラ村の散策。
WPAという領域の見学。
コンテナの準備は予定通りに終了したので、一日の予備日がまるまる空いた。
さぁ、遊ぶぞう。
そう言っても、なにもないんだよねぇ、ホント。

一応見学者用に博物館がある。
この場所でイギリス・オーストラリア、およびESAが宇宙開発を行っていたので、そのときの記念品がある。
ロケットだけでなく、軍事用の航空機などもいろいろ試験していたし、今ではミサイルなどの試験をしているそうである。
要するに、軍事基地のまっただなか。
だからうかつに写真がとれない。
ウーメラでは問題ないけれど。

WPAという領域内に、非常に不思議なものがあった。
先に見学した人の話によると、「風の谷」だそうだ。
なんだよ、ジブリオタク?とぼくはその人の発言を信用していなかった。
が、実際その場所に行って唖然とした。
ほんとだ、風の谷だ、ここは。
写真なんぞを載せたいところが、多分ダメといわれるから載せないけど、あの映画はあの場所をモデルにしたんじゃないか、と思うようなところである。
風の谷だけでなく、死海のおまけ付き。

2010.06.17

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カプセルのコンテナをジェット機のカーゴルームへ運び込む

【記】ウーメラ日記(4)


最後の大仕事といえなくもないが、カプセルを日本に空輸する。
ここでは何もやることがないので、たんなるやじ馬である。
帰りはプライベートジェットがチャーターされたらしい。
すごい。
カプセルの入ったコンテナを車の荷台から運び出し、それをジェット機後部のカーゴスペースにいれる。
カーゴスペースといっても、二畳くらいしかない狭い狭い空間で、このコンテナが載ってそれで終わりくらいのサイズである。
飛行機の設計としては、まぁ、旅行カバンが2,3コ乗ることしか想定しないのだろう。
フェラーリなどのトランクがゴルフクラブセットしか入らないのと同じ理由。

それにしても飛行機は美しいなぁ。
滑らかな曲線と鋭い角度のエッジ。
金属の質感が全面にでていてつるつるだ。
機械なのに官能的というところかな。
まぁ、ぼくにはあまり縁がないものだ。

そうこうしているうちに、カプセルのお守り役4人をのせて飛行機は飛び立った。
ファーストクラス待遇だから、ちょっとうらやましい。
今ごろはシャンパンでも飲んでいるのだろうか。

さて、ぼくらはもうやることがなくなった。
明日はいよいよこのウーメラでの作業最終日になる。
早いものだ。
ぼくはまったくインターネットに繋いでいないからはやぶさのニュースの扱いに疎いが、日本ではスゴイニュースになっているらしい。
主婦向けのワイドショーまで特集しているらしい。
そもそもはやぶさについては色々なドラマが作れてしまう素材だから、昔ならば間違いなくプロジェクトXネタなんだろうなぁ。
日本人、そういうの好きだからなぁ。

まぁ、そんなことはぼくには関係ない。
帰るのみだ。

2010.06.16

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回収祝賀会で授与された記念賞

【記】ウーメラ日記(3)


グレンダンボからウーメラに戻った。
ここでの作業は荷物をコンテナに再梱包し、日本へ送り返す準備をすること。
トラック1台分あったものを一つの航空コンテナに入れ替えるだけなのだが、ちゃんと詰めないと入らない。
来たときの詰め込み方を思い出しながら詰めていく。
そんなに大変な作業ではない。
行きと違うのは、船便だということ。
行きは航空コンテナだったが、帰りは船便だそうだ。
もちろん経費節約のため。
帰ったあと使う予定はないのだからそれでいい。
ちょっと心配なのは、海上で赤道を通過するということ。
かなりコンテナ内に湿気が貯まるそうで、シリカゲルをたくさんいれてラップする必要がある。
一日では作業は終わらない。

今夜は祝賀会があるようだ。
オーストラリアの人もいろいろ来るらしい。
成功したから誰でも祝いたい気分である。
参加してみるといろんな人がいた。
おもだった人のスピーチが続く。
オーストラリアのおばちゃんのスピーチが面白かった。
この人はリエントリーに相当感動したそうだ。
バラバラになっていくはやぶさから抜け出したカプセルに感銘を受けたそうだ。
はやぶさは親で、カプセルは子供だ、という見方である。
なるほどなぁ。

会がお開きになったあと、記念品を撮影してみた。
皆2次会へ言ったのか、あっという間に人がいなくなった。
記念品の佇まいがいい感じだったので、写真を撮ってみた。

さぁ、はやいところ帰りたいよ。

2010.06.15

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アンテナ局の撤収作業

【記】グレンダンボ日記(11)


解体作業を始めるとあっという間に終了してしまった。
なんでもそうだが作るよりも壊すほうが早い。
このアンテナはもう使う予定がないので、日本に持ち帰ったあと破棄することになる。
なんかもったいないから、ぼくが使えないかどうか交渉してみようかと思っている。

学園祭の後片づけのときに感じる、満足感と寂寥感とが混じった物悲しさを感じる。
まぁ、寂しいなぁということである。
ただし、成功したわけだからだれも悲しんでいないわけで、カプセルに興味があるひとはなにも感じないだろう。
やることがこれからたくさんあるからだ。

この場所はこの後何かに使われることはない。
そもそもこの場所には「住所」がない。
なんとう場所?と聞いても、名前がないので付けていいよ、と言われるくらいだったから。
持ち帰るものをまとめて梱包し、トラック荷詰め込んだ後ゴミを拾い集めた。
来たときと同じような状態になったはずである。
ただし、アンテナが立っていたところは車でなんども行き来したので、立派な獣道ができている。
それだけが、ここで作業したんだなぁという思い出のようである。

この場所に別れを告げる。
エスコーターが「なんとキレイにしてくれたね、ありがとう。普通、あんまりキレイにしてくれないんんだよ」と言いながらお礼を言われた。
メンバ3人とも、人のものだからキレイにして返さないという意識を共有していたから、どうやらぼくらは根っからの「日本人である」ようである。

明日はウーメラに帰還だ。

2010.06.14

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アンテナ局全景を撮影するために使ったゲイラカイト

【記】グレンダンボ日記(10)


朝になってからいろいろと情報を確認した。
カプセルとパラシュートは無事に発見されたそうだ。
懸案となっていたヒートシールドについても、発見された。
要するに、計画上見つけるものはすべて見つかったということ。
ぼくらのタスクは、ここを撤収して帰れば良いだけ。
なんだよ、もうちょっとやりたかったけどね。

さて、東京から持ってきたゲイラカイトを上げることにした。
風が吹いているから良く上がるだろう。
ゲイラに小さなMPEGカメラをつけて、このアンテナ局全体を撮影することが目的。
ちょっと揺れるだろうけど、そんなに重くないし、風もつよければ上がるだろう。
そういう曖昧な予想で上げたが、実際うまくいった。

昼になって、宿に戻った。
とくにやる事はない。
夕方のミーティングまで寝ていた。
そして、ミーティングに参加した。

ミーティングは電話会議である。
携帯電話を使ってパーティーラインをやって、
それをみんなで聞くという単純な方法である。
意外に安い装置で実現できるものだと思った。
画像なんて要らないね、会議ごときに。
回収班のリーダーは感激していた。
全部あっという間に見つかるとは思っていなかったようだ。

その後、打ち上げかわりにみんなで夕飯を食べる。
といってもいつも通りの食堂での食事だが。
ただ、宿のマダムがワインボトルを4本くらい差し入れてくれた。
はやぶさの画像はオーストラリアでもニュースになったようで、
ガソリンスタンドでも一般の人から声をかけられたくらいである。
要するに、みんな幸せになったわけだ。
ぼくはとくになんの努力もしていないけど、ちょっとうれしい気分になった。
でも、苦労した人の方がずっと面白いだろうなぁ。

宴が終わって部屋に戻る途中、空を見上げた。
一面の銀河。
なんか凄いところにいるんだよね、今。
そんなことを考えて、また感動した。
そして、地平線に見慣れないものを発見した。
月だ。
そうか、昨日は新月だったのか!
カプセルの火球の観測するために、新月になる日を決めて再突入させたのか。
ISAS、おそるべし。
こういうことまで考えているところが、川口先生たちの怖いところだよなぁ。

2010.06.13

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カプセル(右下の明るい点)とはやぶさ(ダンカンさん撮影)

【記】グレンダンボ日記(9)


感動した。
スゴイものを見てしまった。

皆既日食をみた人はその体験を言葉で伝えるのを諦めるそうである。
どれだけ部分日食をみたとしても、その体験は皆既日食をみる準備にはならない。
そんな言葉を聞いた事がある。
そして、このはやぶさの再突入も現場で見た人は言葉で使えるのを諦めるのではないか。


最終軌道調整の結果から突入時の解析結果が伝えられた。
突入時のアジマス、エレベーションの時系列グラフをもらった。
誤差楕円が非常に小さい。
最終軌道調整(姿勢制御)をした人の意気込みが伝わってくる。
回収班リーダーの声が無線越しに伝わってくる。
「さぁ、皆さんの目の前に落ちてきます。あとは、よろしく。」

本番である。
とはいえ、やる事は同じ。
なに、変わった事はしない。
メンバ3人はそれぞれ個人のデジカメをセットしている。
はやぶさの方法は事前に計算されいているので、目的の方向にカメラを向けている。
「どうやってシャッターきるの?」
と聞くと、いやー、もう定期的にシャッターを切り続けますとのこと。
ぼくは魚眼をセットして、目視確認後に自分でシャッターを押すつもり。
そんなことして大丈夫か?
大丈夫。というのは、カプセルから電波が放出されるのは、すくなくとも流星として見えなくなった後だから。

本場中に一番面倒なことになりそうなのは、交信である。
イリジウムとスラーヤとをつかって本部にレーダ探知の情報を伝えるのだが、それは電話頼りなのだ。
電話2台を同時につかって伝えることにしている。
その他に心配なことはない。
自分のカメラではやぶさが取れるかどうかくらいなものである。

ぼくらのチームにも一人だけオーストラリアの人が同行している。
というのは、この場所は普通の人は進入禁止区域だから、エスコートしてくれる人が必要なのだ。
その人はとくにやる事はない。
だから、カメラをたくさん持ってきて、写真をとる気満々なのである。
もちろん、はやぶさの見える方向などを教えてあげた。
きっとすごい写真をとってくれるだろう。


そして本番の瞬間。
予想通りの方向に赤い星が見えた。
赤い星がみるみる大きくなっていく。
エスコーターが叫んでいる。
ぼくも、あれか?と声を上げる。
地平線からどんどん上に上がっていくについて、色が赤から白になって、それが線になった。
線になった光は行く筋もの光に分裂した。
そして、分裂した光の全てが太く、さらに明るくなった。
光は単なる筋ではなく、花火のような複雑な分裂を繰り替えしている。
明るい、本当に明るい。
地平線を含めて辺りが「うっすら」と明るくなっているのだ。
本当にこれは「流星」なんだろうか?
地平線から上がり、45度くらいまで上がったあたりで小さな点が目に付いた。
あれはカプセルか?
はやぶさはもう散り散りになったが、その明かりだけはさらに輝きを増す。
カプセルだぁと声を上げる。
そして、光は弱くなり見えなくなった。

呆気にとられてしまった。
が、これからがぼくらの本番である。
そろそろ電波がでるぞぉと思ったら、いきなり受信機からビーコン音が聞こえてきた。
いきなりロックオンしたわけである。
すぐさま方向が読み上げられ、追尾が開始される。
懸念していた衛星電話は最後まで途切れなかった。
途中からカプセルの方向が止まった。
パラシュートによりゆっくりと降下しているのだ。
受信感度が落ちてきた。
ずんずん落ちてきた。もう、-100dBmを切ってきた。
「消感しましたぁ」
カプセルは着地したはずである。
最終データを本部に送った。
着陸地点確認のためのヘリコプターが飛び立つ。
これで、ぼくらの作業は終わった、滞りなく。


アンテナの健全性をチェックして、2時頃だろうか、本部に連絡をいれた。
カプセルは目視で確認できたそうだ。
すげーな、ほんとかよ。
近くでキャンプファイヤーをやっているエスコーターに教えてあげる。
よかったなぁ、ありがとうね、という会話をした。

じゃ、もう寝よう、眠いもん。
しかし、意外にあっさりしているなぁ。
寝袋にくるまってすぐに寝てしまった。

2010.06.12

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グレンダンボの宿の一室の風景

【記】グレンダンボ日記(8)


今日は休みである。
本番は明日の夜だし、再突入時の作業は朝まで断続的に予定されている。
予備局の設置は必要なくなった。
軌道決定の速報から判断するに、追尾局を新設する必要はないらしい。
ということで、今日は全員お休みになった。

といってやる事はない。
本を読むだけである。
だいたいに置いて、明日が本番だからケガの元になるようなことは皆しない。
部屋でうだうだしているのだろうか。
このモーテル一体では携帯は使えるので、インターネットが使えるようである。
ただ、接続用の端末の支給はないから、ぼくは使えないでいるが、問題はない。

水を買いにモーテルの売店へ行ったら、NHKの取材の人がいた。
「なーんも話さないでね」とうるさく言われている都合上、マスコミの人に合うのは面倒だ。
広報によれば、取材の人たちをここグレンダンボに誘導するらしい。
どうやってやるのか知らないけど、情報の出し方を工夫するのだろうか。
外をほっつき歩くと面倒に巻き込まれるかも知れないので、部屋に戻る。

夕方になれば夕飯を食べ、ビールやワインなどを飲んでおしゃべりするだけ。
ぼくは強い方ではないので、ワインを飲んだら眠くなるので、何もできない。
この辺りは、当然といえば当然だが、水の値段も高い。
ビールはまぁまぁ。
料理も悪くない。
肉が殆どだが、美味い。
そして、デカイ。
本当にでかいので、二人で1皿で十分の量。
まぁ、若い人はばくばく食べればいいけど、毎日肉だと辛い。
贅沢な悩みである。

モーテルの部屋には、どこから入り込んだのか不明だが、虫が入ってくる。
多くは蛾だが、たまにクモがいる。
セアカコケクモがカーテンにひっついていたので驚いた。
刺されるとやばいクモである。
とはいえ、気をつければよいだけだ。
モーテルの部屋で毒虫にさされ死んだという話は聞かないから大丈夫だろう。

2010.06.11

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パワースポットみたいな砂漠の高地

【記】グレンダンボ日記(7)


あさってが本番ということだが、予備局を建てることになった。
軌道決定情報にはまだいくぶん不確定誤差があり、最悪のケースでは現在配置されたアンテナ局ではカバーしにくい状況になる。
予備局をつかったからといって人が増えることはなく、4局運用になることに変わりない。
予備局を使う場合は、現在一番遠いところにいる局のメンバを車で移動させ、予備局の運用を行ってもらう必要がある。

予備局を3局のメンバが全員で作ることになった。
人が多いので設置時間は短くてすむ。
車が集合すると、なんだかカッコいいものである。

予備局はどのチームのものでもない部材で構成される。
管理者はいない。
こういうときに起きるのは「部品がない」という失敗である。
そして、このときも実際にあった。
重要な部品がなかった。
宿に置いてあるということだった。

とりに戻る、ということはできない。
したがって、明日はオフの予定だが、軌道解析の結果次第でまたやって来て組立作業をするかもしれない。
どうなるかわからない。

時間が余ったので、この場所を散策してみた。
砂漠でも高地に属する場所で、確かに植生が違っている。
土の色が違う。
そして、小高い丘には何やら残骸がある。
昔ミサイルのレーダーだったらしい。
1957年という年号が入った部品が転がっていた。

近くに塹壕のような穴があった。
コンクリートで固められた天井がない部屋で、
丘の頂上付近にあった。
昼間歩くならば、ここにうっかり落ちてしまうことはないだろう。
しかし、夜だったらわからない。
その穴の底に子供のカンガルーの全身骨格があった。
完全な形の骨である。
おそらくだが、うっかり落ちてしまい、あなから出る事が出来ず死んだのだろう。
空だけを見て死んでいったのだと思う。
なんとも悲しい気分になった。

この辺りの空気のせいか、高原の雰囲気がする。
なんとも言えない「高揚感」のような気分である。
ここに滞在していると、なんだか元気になりそう。
たぶんこういうところがパワースポットというところなのだろう。

2010.06.10

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キャンピングカー内の様子

【記】グレンダンボ日記(6)


アンテナ調整などは今日で最後になる。
手順の確認、交信用の無線機器、衛星携帯電話の確認、カプセル追尾のレーダー機器の確認などを済ます。
キャンピングカー内部のテーブルに店を広げている。
かさばるのは受信機とローター制御装置とノートPCくらい。
あとは適当につるしたり、持ったりすればいい。
人数的に2人くらいが作業すると一杯になるから、ぼくは入り口の辺りに陣取ることにした。
なにせ通信役だから衛星携帯電話が使えるところにいる必要があるし。

砂漠の中での交信として衛星携帯電話を使った。
低軌道衛星であるイリジウムと衛星衛星であるスラーヤと。
両者は一長一短で、局によってどっちかが繋がりやすかったり繋がり難かったりする。
ぼくらの局はイリジウムがブチブチ切れるので、スラーヤをメインにした。
また、ノートPCで動作させる追尾情報計算ソフトは放探班チーフの手作りである。
多少怪しいところがあるが、10分も動作すればいいので問題はない。

そもそも回収班には当初予算が殆どつかなかった。
偉い人ですら「本当に戻ってくるの?」と公言していたそうである。
当然アホみたいな予算しかおりなく、いろいろなものが手作りだったり流用品だったりしている。
それでも、カプセルビーコンの方向くらいは探せるものはできるのである。

つくばのやり方を見ているぼくからすると、相模原のやり方はわくわくする。
結局人にやらせ、その結果を「私たちがやった」とのたまう人たちは好きになれなかった。
相模原はガチで自分でやっているから、ぼくは好きだ。
こんな追跡の方法、つくばならは想像すらしないだろうなぁ。
むふふ、おもしれぇや、ホントに。

回収班のメンバには愉快な人が多い。
砂漠で1ヶ月作業するよ、ということで集まった人たちだからだろう。
もっともチーム集めをしたのは1年くらい前で、しかもその時にははやぶさが戻ってくるかどうかなどよくわからない状態だった。
そういう、なんだかよくわからない状況において集まった人は、自分たちなりの楽しみを見出した人たちばかりだ。
天体小僧もそうだが、宇宙開発野郎もいる。
Canonのカメラをいじっている人は宇宙開発オタクである。
宇宙戦艦ヤマトが大好きで、なんと手元にコバルト文庫のノベライズされた宇宙戦艦ヤマトを置いてある。
写真にも写り込んでいる。

さぁ、12日は晴れるといいなぁ。
流れ星が見えるから。

2010.06.09

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天の川にあるアンタレス

【記】グレンダンボ日記(5)


昨夜は夜通しの作業だったので、今日は昼まででお休みになる。
要するに休み。
休みだからといってどこかへ出掛けるということもできない。
観光スポットまでは200キロ以上あるし、往復の時間を考えると重労働。
動物もまばらだし、自然といっても土と潅木しかない。

こんなところでも見るべき物はある。
それは星空。
すっげー、キレイに天の川が流れている。
どの方向も地平線があり、天の川は地平線から反対の地平線まで流れている。
こんなスゴイものは、子供の頃に渋谷にあった五島プラネタリウム以来である。

夕飯のあと、数人と少し離れたところへ出掛け、天体写真を撮ることにした。
男性3人、女性2人なんだが、ぼく意外は全員天体小僧で、星の名前をダイレクトに挙げて会話している。
あれがブロキオンか、などと。
シリウスやアンタレスくらいならばわかるが、それ以外はちょっと。
一人の女性などはカメラが「アナログ」だった。
父から貰ったカメラなんですぅ、って言ってた。
アナログで天体写真ってのは、そうとう高度なんじゃないのかぁ。

ぼくは天体写真の撮り方を知らない。
でも、ピントを無限遠にして、ISOを上げて、シャッターを30秒くらい開放すればいいんだろ?
そういう適当な撮り方をした。
聞くところによれば、ピントは無限遠にしただけだと微妙に合わないらしく、すこし戻す作業がいるらしいが、それをファインダーでやるのはぼくのは無理。
まぁ、なんか写るだろうと適当にやっていたら、意外にちゃんと写った。
これがぼくの「はじめての天体写真」である。

見上げればこれだけで星があって、天の川もマゼラン星雲も見えるのだから、初心者だってなんか写るだろう。
ほんとうにスゴイ星空。
呆れてしまった。

2010.06.08

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夜間訓練時のアンテナ

【記】グレンダンボ日記(4)


実際さながら、というほどではないが訓練があった。
カプセル突入時刻は夜中である。
時刻も確定している。
本番前までの準備と本番での無線交信の手順を実際の時間通りにすすめてみるのである。
何が意外に手間取るのか、事前に把握しておくことが目的になる。

この辺りは人工の光は自分たちが出すだけなので、日が沈むと真っ暗になる。
本当に暗くなる。
えぇ、というくらいに暗くなる。
よく、「暗闇に包まれる」という言葉を聞くが、あれは本当なんだと知った。
広い砂漠にぽつんといるぼくらの周りには広い空間があるはずなのだが、
夜になると周りの空間が消失してしまう。
まさに「ベールに覆われる」ごとく。

電波を出す試験アンテナまでは200mあり、その調整には暗闇の中を突っ切って歩く必要がある。
ライトをもって行くわけだが、不思議な気分になる。
お化け屋敷のような状況ではそういうことはあるが、屋外の自然環境でそうなるとは思っていなかったので、歩くだけで面白い。

一方で、怖い。
暗闇が怖いのではなく、動物が襲ってこないか、クモやサソリがいやしないか。
冬とはいえ、サソリや毒グモはいるはずで、夜になると活動しはじめるのかもしれない。
真っ暗闇のなかで送信機を操作しているとき、座っていたイスのすぐ横をライトで照したら、
クモが地面をはっていた。
うーむ、ということでそれ以後はずっと立っていた。


この訓練が終了すれば、本番までは維持過程だから少しは楽になるだろう。
砂漠の生活も悪くないなぁと思った。
帰ったらアウトドア派にでもなるかな。
いや、車がないし東京住まいだから無理かな。

2010.06.07

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蝿よけネットを被って作業する

【記】グレンダンボ日記(3)


試験用アンテナからいろいろな強度の電波を発射し、受信用アンテナで受けてシステムの整合性確認する。
送信アンテナと受信アンテナは200mくらい離れている。
送信機の操作に一人ついて、無線でやりとりしながら強さを調整する。

なんだか蝿が増えてきた気がする。
いったいどこで孵化したものなのか、ぶんぶんと顔のまわりに集る。
だんだんうっとうしくなる。
仕方ないので蝿よけネットを取り出し、被ってみる。
うざったいはうざったいが、ないよりはずっとましだ。

アンテナの準備は今日中に終わらせないといけない。
明日は本番を想定したリハーサルが予定されている。
夜から深夜に実施するので、キャンピングカーで寝袋にくるまることになる。

作業の合間にいろんなことができるかなぁ、という予想は外れた。
意外に時間が余らないし、いざ時間があってもやる気にならないのだ。
それなりに緊張してきたのかもしれない。

2010.06.06

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組立中のカプセル追尾アンテナ

【記】グレンダンボ日記(2)

砂漠でも雨が降るんだ。
砂漠というより土漠だからだろうか。
アフリカのサバンナ気候とかいうものに近いのかもしれない。
空を見上げると雲が広がっている。
移動中に軽く雨も降った。
なるほど電気関係の物品には防水処理をちゃんとしておかないといけないのか。

砂漠のなかでの作業。
静かなのは、風がないからだろうか。
虫はいない。
たまに鳥の鳴声が聞こえてくる。
それも、やる気のないカラスのような感じの。
ハイウェーからは結構離れているから車の音はない。

変な仕事だよなぁ。
アンテナ組立は日本で何度も練習しているし、そもそも簡単なことだからよどみなく進む。
あれ、部品がない。
なんてことは起きない。
ケーブルをはわせて、受信機に接続して試験する。
日本と事情がちがうとすれば、土が赤いなぁ、ということくらい。

休憩や食事はキャンピングカーのなかでとる。
キャンピングカーといっても、ただの箱みたいなもの。
生活する、なんて雰囲気のものではない。
そうとう安く借りたんだろうな、というものである。
外においてある発電機からケーブルを引けば、車内で電灯がつかえる。
一応、電子レンジがあるが、お湯をつくるくらいにしか使わないだろう。

時間が過ぎるには意外に早いもので、あたふたしていたら帰りの時間になった。

2010.06.05

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追尾局設置場所

【記】グレンダンボ日記(1)

ウーメラから追尾局を設置する場所へ移動する。
車で砂漠の中の一本道であるハイウェーを3時間くらい走る。
右も左も前も後ろも地平線という場所を爆走した。
砂漠といっても表情はいろいろで、潅木があったり地面だけだったり枯れた湖があったりする。
途中、電車のレールがあって、ハイウェーはそれを陸橋でまたいでいた。
砂漠の真ん中でなぜに陸橋があるのかと疑問に思ったが、まさか踏み切りをつけるわけにはいかんだろう。

これから2週間とまる宿泊はグレンダンボのホテルである。
旅行者相手のモーテルで、部屋はこざっぱりとしていた。
シャワーも使える。
ただし、汲み上げた地下水の塩分濃度は濃く、飲用はできないということだった。

チェックインして荷物を置いたあと、アンテナを建てる場所へ移動する。
宿からハイウェーを1時間くらい走り、途中で砂漠の獣道を20分くらい走る。
なかなかよい平原になっている。

キャンピングカーとトイレがすでに設置されている。
前もってこの場所にもって来てもらってあったのだ。
辺りには動物の足跡や糞がある。
どんな動物がくるんだろうかなぁ。
ちょっと組み立てた段階で夕日が迫ってきたので作業終了。
これから数日かけて局の設置と調整を行う予定である。

2010.06.04

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自炊したパスタとサラダ

【記】ウーメラ日記 (2)


一通りの作業が終わり、アンテナなどの荷物をそれぞれの車に積み込んだ。
四駆はマニュアル。
ぼくが乗っていた車はすべてマニュアルだったため、実に久々に自動車を運転するのだが、まったく苦労はない。
身体で覚えたことはなかなか無くならないものだなと、あらためて感心した。
しかし最近の人はマニュアルを慣れていないようで、発信も危なっかしい人も多かった。
まぁ、これから嫌というほど運転するだろうから問題ないだろうけど。

ウーメラには博物館(というか展示場)などがぱらぱらと見られるが、近隣にある試験場ではたらく人が住む村のようである。
スーパーマーケットがあり、映画館があり、ホテルの設備ではあるがしゃれたレストランとバーもある。
小学校?の近くには運動場とプールもあるから、それなりの生活を営めるはずだ。
場所柄なのか、天文台もある。

ぼくとしてはキッチンがあればとりえず自分で料理ができるので、長期滞在でも不都合はない。
台所用品は大抵物がそろっていた。
一人暮らしの経験もあるし、今は嫁さんの料理をみているので、自炊になんの抵抗もない。
スーパーで食材を買って夕飯を作ってみた。
砂漠の中の村にいることを忘れてしまったくらいである。

しかしこういう文化的生活も今日でしばらくお別れになる。
砂漠の中のモーテルって、どんなところなんだろうか。
自炊ができないとちょっと辛いかも入れないなぁ。

2010.06.03

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ウーメラ村に入るところの標識

【記】ウーメラ日記 (1)


砂漠を走り続け、やっとウーメラ村に到着する。
最初は地平線を見てワクワクしていたのだが、さすがに慣れてしまった。
遠くには地平線がある。
当たり前ではないか。
そういう気分である。

ある程度人がまとまって住んでいる場所が近づくとうれしい気分がする。
遠くにアンテナが見えてきたくらいから、ワクワクすると同時にホッとする。
いまはGPS付きの自動車に乗っているのだし、車通りもないわけではない道だから、遭難の心配はない。
くわえて冬なので、暑さでやられることもない。

とはいえ、日本では感じることができない「人が住んでいる気配がない場所を延々と走る」経験をしたあとでは、村であっても安全に来れたな、という気分に満たされる。
古代ローマ時代のオリエントのキャラバンが砂漠を移動したのちペトラやパルミラに到着したときの気分をいくばくか想像できる。

ウーメラでの滞在は3日。
とりあえず部屋をあてがってもらい、そこで荷を解く。
明日は砂漠での活動についての安全講習があり、四駆のレンタカーを支給され、現地へ運ぶため荷物を空輸コンテナから移し替える作業がある。

時差はないのだが、夜になると眠くなってしまうので、本が読めない。
それなりに緊張しているのかもしれない。

2010.06.02

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ポート・オーガスタにかかる橋

【記】ポート・オーガスタ日記 (1)


成田からシドニー経由でアデレードの空港に着いた。
オーストラリアでは時差がほとんどないので、疲弊感はまったくなく、到着後すぐに行動に移れる。
とはいえ、いきなりバスで5時間移動はつらいし、だいたい日が暮れてしまう。
そこで、シドニーからポート・オーガスタまでバスで移動し、そこで一晩泊まった。
それでも飛行機が12時間、バスが3時間。
それなりに疲れてしまった。

車窓はオーストラリアの大地を感じるものだった。
日本だと北海道に行かないとなかなかみれない地平線を堪能できた。
広い。
海に近いこともあり、砂漠ではなく平原。
潅木が広がっている。
遠くに岩でできたテーブルがある(メサ?)。

ポート・オーガスタの大きなスーパーでいろいろと買い込む。
なにせ砂漠での作業だし、食事もあまり期待できないから、自炊の用意はするほうがよい。
海外では日本食を食べないことにしているが、砂漠は別だろう。
日本米を5キロ、鍋、皿、調味料、即席ラーメン(チャルメラがあった)を購入。
醤油やダシ類は日本から持参している。
メンとしてうどん、そばも持ってきている。
3人の昼ご飯の2週間分くらい購入した。
ここから先はろくなスーパーがないと聞いている。

無事に帰れるといいな。