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グラスゴー日記(4)

十月一日水曜日

 今日と明日で学会参加も終わりである。金曜日にはグラスゴーを離れる。明日には電車のチケットを買う必要がある。カーライルを経てロンドンへ。日本を離れるまでのホテルは先ほどインターネット経由で予約した。
 結局時差ボケは治らないみたい。ここまできたら無理をする必要はない。時差ボケのままいこう。適当にテレテレとやるればいい。いつ果てるともしれないこの命なならば、今日一日を楽しもう、などと考える。憂鬱な気分だからといって、そのかわりに楽しい出来事がおきるわけではないのだし。

 今回の滞在では、下着を毎日洗うことにした。下着はそれなりにかさばるし重いので、旅行に持ち歩かないほうがいいのだが、何日分くらい持っていけばいいのか自分なりの回答を持っていない。なるべく全泊分持つようにしてきた。今回は最小枚数を決めるための基礎データにするためなるべく毎日洗濯することにしたのである。十日の滞在でも三枚の持ち合わせで事足りるならば、それは大変有益な情報になる。なかでもGパンや面のTシャツは重いので、今後はできるだけ持たないようにしたいのだ。
 ヨーロッパの場合、時差の関係で超朝型人間になってしまう。深夜に起きるが、シャワーを浴びるのも音がするので隣の部屋の人に申し訳ない気がする。そんなときに洗濯をするとよいだろうと気がついた。パンツとTシャツと靴下、ハンカチ。この程度なら洗面台で楽に洗える。
 しぼっただけの洗濯物でも風呂場に干せれば一晩で乾く。ヨーロッパは乾燥しているので、たとえ雨が降っている日でも洗濯物は一晩で乾く。グラスゴーは今日も雨だったが、風呂場野洗濯モノを干すヒモにぶら下げておいたら、実際丸一日で乾いた。
 朝洗濯して、部屋を出る前に干しておけば、翌朝には乾いている。この繰り返しがホテル生活でのパターンになる。今後はこれで行くことにした。
 
 今日の学会は気楽に中身を見ることにした。日本ではお目にかかれないSETIの発表が一日あるようなので、それをがっつりと見よう。自分の仕事とは直接関係がないが、見聞を広めることにも一抹の意味はあるだろう。死んだように発表が終わるまでの時間を我慢して過ごすのはもうこりごりである。
 あらためて思うが、この会議は巨大である。一週間での発表件数が千件を越える。休憩所でぼけっと会場内で人が行き交う様を見ていているだけで、何人もの知っている人を見かけるのに、何かの発表を聞きにいってもその人たちの発表に出くわすことはまずない。食事でも一緒にと思って探すが、結局一人で過ごすことになる。参ったものである。
 一人で過ごす時間がないのならば、その間にいろいろ思索すればよい。人々や街を観察すればよい。こういうところにはもう二度と来ないのだから、街の感触というか空気というか、そういうものを身体に取り込んでおく方がいいだろう。すべての知識は身体経験で裏打ちされていると、一生ものの価値をもつことになるのだから。

 うだうだと考えているうちに会場に到着し、午前中の発表セッションに顔をだした。何を聞いても同じだが、とりあえずSETIを聞いて見た。宇宙人からの通信メッセージを探そうという気長な科学は未だ顕在であるようだ。司会者はアメリカ人とイタリア人。アメリカ人はSETIというロゴが入ったTシャツを来ている調髪で小太りの快活で明るそうな人物である。表情は声のトーンがカリフォルニアの風を連想させる。まったく、気楽に生きている人たちで、うらやましい限りである。

 昼食をとろうにも適当な食堂はなく、カフェでパンでも買ってやり過ごす。そうする人は以外にいるようで、キャッシャーに並ぶ人の列は途切れることがない。なんでこんなところまできて、カフェのパンなのだろうかと思う。まぁ、来れるだけでも有り難く思うことにした。
 幸いなことに手持ちのPCのバッテリーはまだ二時間もつ。電池切れになりそうになったらホテルに戻ることにするか。昨日夕ご飯を食べようとぼくら誘っておいてその約束をすっぽかしてしまった人へ何度かメールをいれているが応答はないので、今日の夕飯はまたファーストフードになるかもしれない。コーヒーを飲みながらぼやぼやと頭には街の風景が浮かんでくる。
 
 グラスゴーの街はまだ少ししか歩いていない。それでも、ロンドンやギルフォードとは印象がちがう。なぜだか知らないが、パブがあまりない。Barは結構あるのだが、黒い店構えのパブがないのだ。だからビールとソーセージという昼ご飯で十分なのだが、それにもありつけないでいる。
 街の建物は高い。そして、ゴシック的である。いや、ビクトリアンっていうのだっけか、まぁ、ごちゃごちゃした威厳のあるファサードが並んでいる。
 坂が多い。丘の上に大学があり、そこが人の活動の中心になっているようである。当然教会もある。坂の途中に街が広がっており、坂の終点には川が流れている。ギルフォードのような構造の街だが、サイズが10倍くらい違う。
 この辺りの歴史を知らないまま来てしまった。おそらく中世都市であって、ローマ時代からある城壁歳ではないだろう。そういえばハドリアヌスのの長城は電車で1,2時間南にあるのだから、ローマ化された都市であるはずないか。
 
 再び会議場の風景を眺める。幕張などのイベント場とさして変わりはない。ただ、周りにいる人が外人だというところが違う。今は僕が外人なのだけど。
 一昨日の会議初日には中国人が目についた。日本人ではないし、韓国人でもないから多分中国人だろう。ちょうど有人ロケットも打ち上がり、宇宙遊泳も成功した後だから、中国の宇宙開発の人々は鼻息があらいだろう。会場に多くに人を見かけた。
 ところがその人たちの姿が昨日少し減ったなぁと思った。そして今日になってみると明らかにいなくなっている。とくに、スーツをきたおじさんタイプの人がいない。学生らしき人はたまに見かける。今会場にいる東洋人はおそらく日本人だろう。なんだかんだいっても、日本人は根がまじめなんだ。
 周りにいる外人はどこの国の人なんだろうか。ヒゲが立派な人は、なんとなくスペイン人か。インド人も多い。フランス人はその英語でわかる。アメリカ人とイギリス人の違いは、しぐさや洋服でもわるのだと気がついた。英語の発音を聴くまでもない。
 以前は外人が近くにいるだけで緊張したのだけど、今はなんとも思わなくなっている。慣れたのである。だからといって、隣のテーブルの会話が楽に聞き取れるというわけではない。隣の席のグループの会話は盛り上がっているが、何を言って笑っているのかさっぱり分からない。彼らは発音からいうとアメリカ人っぽい。日本語の場合、聞きたくもない会話が頭に入り込んで困ることがある。しかし、英語だと全く入り込まない。声を聞いているのであって、内容は全く判別できない。ある種の歌と会話の主の感情だけが身体的に理解できる。

 この会場は展示も充実している。宇宙関係の会社の宣伝や宇宙機関の紹介が綺麗に展示されている。だから、一般の人も見学することができる。目の前を小学生の一段が通りすぎた。引率の先生が先頭を歩き、うしろに百人前後の子供がぎゃーぎゃー騒ぎなら着いてく。世界中同じような光景である。

 もうすぐ一時になる。食事を終えた人がお茶を飲もうと集まってきたようである。小さいけれど四人掛けのテーブル一台を一人で独占している僕も周りの人の目を気にする必要があるかもしれない。もっとも、飲みかけのコーヒーカップは手元に置いていあるので、顰蹙ではない。というか、こちらの人はそういうことを余り気にしないはずだだから、どうどうとこうして日記をつければいい。問題は、バッテリーがあと三十分しか持たないことであろう。そろそろPCをかばんにしまうことにする。

 午後のセッションも退屈であった。宣伝としては面白いが、はたしてこれが学会で発表し聴衆との間で質疑応答をするべきことなのだろうか。とはいえ、この学会はそういう場なのだ。野暮なことを考えるのは止めることにした。ぼくが間違っていたのだ。
 学会終了後知り合いと夕食を食べることにした。ローストビーフなんてものを食べる必要はない。とうことで、適当にイタリア料理店に入り、パスタを頼んだ。これでいい。

 なんとなくムダな日々を過ごしている。生産的なことができないでいる。時差に対応するのに時間がかかっている。歳をとったということだろう。 

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グラスゴーによくあるビルディング