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携帯電話なしの不安

久々に感じる「走れメロス」の不安

 いま、鹿児島県のなかの陸の孤島のようなところにいる。鹿児島空港からバスにのり、1時間半以上も山道を走りどおしたあとについた鹿屋というところ。なんでも、「かのや」と発音するらしい。目的地はここからタクシーで一時間くらいのところ。
 
 ここからは友人の車に便乗する。はず。かれは電車で鹿児島まで来て、そこからレンタカーを借りるそうである。だから、一緒に行こうということになった。今は夜の10時近く。一応24時間ストアもあるようだから、それなりにこのあたりは開けているところなのかもしれない。
 
 こういう場面では携帯電話をつかって待ち合わせする。普通そうだろう。だから、待ち合わせをする際に「いつくるのだろうか。ちゃんとくるのか」という不安を感じることはほとんどなくなった。そもそも、待ち合わせ場所を決めないということもめずらしくない。
 
 しかし、ぼくは携帯をもっていない。だから、友人との待ち合わせは事前に約束した時刻に約束した場所で待っているよりない。こっちが遅れても相手が遅れても、あるいは場所や時間を間違っても、どうにもならないのである。不安である。
 
 この手の不安は数年前、いや、10年前には普通あった。デートの約束という定番の行動を例える必要もなく、ただ、そこにいることが何と幸せなと思える瞬間を感じることもしばらくの間なかったような気がする。
 
 そして、東京が仕事場で、なにもこんな不案内なしかも地方において待ち合わせをsるのは無理があるような気がする。本当に。当然だか、バスを降りてから30分たったが友達は現れない。
 
 バスセンターとは名ばかりの広めのバーキングエリアようなところにあるベンチに座っている。ここから先はタクシーの人が多いので、タクシー会社もありタクシーステーションにはタクシーが止まっている。バスセンターなのでたまにバスが来て、人が降りる。そして、タクシーにのる。タクシーがいなくなって、しかも友人がこなかったら悲惨なことになる。

 と、書いていたら声をかけられた。あ、あえた。よかったぁ。
 
 なんでも鹿児島からはフェリーで湾を越えたそうである。その方が早いらしい。本来ならば待ち合わせの時間ぴったりのはずだったのが、フェリーの時刻表を読み間違えがあったということだ。それで遅れたということだ。もし、フェリーの時刻がわかればかなり正確に待ち合わせできたことになる。すこし感動する。世界は以外に正確に動いているものなんだ。
 
  とりあえすよかった。車中で考える。この種の不安は解決されれば楽しい思い出になる。あぁ、どうしようか。そう怖くなった記憶は、結局解決されればよく憶えている。下げて上がるというものだ。最近めっきり感じないけれど、こういうものなのだと思う。

 当然だが、この種の記憶は過去にはいろいろあったように思う。今の高校生は感じた経験がないだろう。まぁ、どの時代にいたのかでいろいろ変わるだろうから、それはそれでいい。

 走れメロス感は携帯電話を持たないとすぐに味わえるところが面白い。狙わなくともすぐにおとずれる。すくなくとも、40代以下の人はたいてい携帯をもっているような気がする。一人でも持っていないと、持っていない人が困るだけでなく、周りの人もついでにこまってしまうことになるようだ。対人関係の欠陥のようなものが、携帯の有無で生じている。

 なんとなくだが、持っていないことが「新鮮さ」を感じさせてくれる。それも面白い。あとは何を持たないと、そういう気分を味わえるのだろうか。

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