Scienza / Foglio

vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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格安のエンタメ

記憶の中の旅は安くで安全、しかも楽しい

 ちょっとネガティブな響きがするかもしれない。旅先での写真の整理だなんて暗い。歳を取った人が昔を懐かしんで涙するような場面を思い浮かべる。あるいは、挫折し人生の敗者となった状況でよかった若い明るい時代を思い出すシーンを思い浮かべるかもしれない。どれもこれも背景や暗闇が合いそうなシーンばかりとなる。
 
 で、実際やってみるとそんなことはない。明るく楽しく喜々とした表情で写真を整理しているはずだ。最近はアルバムへの切った張ったでなく、とくに良かったシーンに情報と思いでをのせてウェッブにのせるページを作る。個人の思いがつよく出過ぎたり、前後の説明を飛ばした感情だけの文章だと、自分以外の人が読むことはない。だからできるだけ乾いたページになるように心がけながらの、旅先の写真の整理になる。
 
 最近のデジカメは綺麗にとれる。コンパクトデジカメで500万画素以上のものはとくにそうだ。一昔前の写真をみてもあまり印象に残らないが、デジカメがぼくの思い出を劇的にしてくる。ぼくはそういう印象をうける。もちろん、プロが取った写真とは全く別の次元の話だが、思い出の色は強烈に鮮やかになってくれる。青空や海がきれいにうつっているが、すでに現実以上にきれいなのか、現実のほうがきれいなのかもうわからない。現実の方がずっときれだ、という記憶はあるにせよ、目の前の画像ファイルは期待以上にきれいである。もう、どっちでもいいや。 
 
 思い出をたどる。楽しいことばかり思い出す。どうしてだろうか。日々の生活では、どちらかといえば嫌なことしか思い出さない。しかし、旅行は嫌な思いでであっても「楽しさ」に彩られてしまう。そして、その思い出の部品である写真をならべ、文章を添える。他人が見ても面白いようにするには、作者を感じさせないようにすることなんだろうけど、そんなことをするのもさらなる楽しみの一つになる。もっといえば、思い絵を積極的に「再構成」しているから、それなりに物語を語ることになる。これが個人専用のエンタメとうものだろう。すくなくとも、作者は楽しい時間を過ごしているのだから。
 
 ストーリーテリングは言葉で語る。声色や効果音、音楽と小道具をつぎ足すと最後は舞台、映画となるのだろう。映画監督は、いろんな人の力をかりて物語を作っている。これに一生を捧げるということになれれば、その人は一生エンタメのなかに生きているのだろう。それはそれでスゴイ。しかし、大抵の人は現実に戻っていく必要がある。写真の整理を終えて、サイトにアップロードしたページをブラウザを使ってみてみる。自己満足にすぎないと言われるだろうけど、生きていくって、自己満足が目的のはずだ。ぼくがご飯を食べるのが自己満足でなくてなんだろうか。

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紅茶を飲んでぼんやりしていると
心に浮かぶ風景

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トレビの泉
 
暑かった。泉ではなくプールだ。
水面がゆらゆらしている。
人が大勢いる。

ヘップバーンが髪を切った床屋は、
どのあたりだったのか。
スイカを売っている人はいないか。