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vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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本の冊数からいったら

恩田陸のエッセイを読んでいたら気がついた

 読んだ本の冊数からいったら、ぼくはそんなに少なくないほうだと思っている。いや、多い方だろう。そう思っていた。でも本当の本好きの人から比べると小学校や中学校時代からの蓄積はゼロだから、お話にならないだろう。それも重々承知していた。大学受験時に浪人したときに時間を持て余し、その辺りから本を読み始めたぼくでは累積冊数では圧倒的に本読みになれないことは理解している。もっとも、累積冊数を目指すことが目的でもなんでもなく、単に本を読みたいから読んでいるだけだから、そんなことはどうでもいい。それもわかっている。

 周りが理科系の人だからか、あまり本好きの人が近くにいないからなのか、本好きなんだろうなと感じさせる人が近くにいない。そんな中で一日一冊運動のようなことを実践しているのはぼくくらいだから、ぼくって本を読む方なんじゃないかと勘違いするようになった。そう、これは悲しい勘違いなのだが。

 本を読むたって、通勤時間にちらっと読むだけだ。だから、精々一日一冊。読めないときもある。土日にカバーして、平均すれば月に20冊。そんなものである。年間でも300冊は読めない。いいところ250冊くらいだろう。これが多いのか少ないのか知らないのだけど、ぼくとしては多い方だろうと思っていた。が、違う。

 恩田陸のエッセイを読んでいた。恩田陸も社会人をしながら作家活動をしていた時期がある。その時期であっても、年間に800くらい読んでいたようだ。え、と思う。ええ、と思う。どうしてそんなことをできるのか。面白くなくても全部読むという方針だそうだし、ミステリーなどを読んでいるのだからそれくらい行くだろう。だいたい、『坂の上の雲』を2日で全部読んでしまうくらい早いのだろう。いいよなぁ、早く読める人は。

 そんなことを考えると、自分がえらくふがいないように思えてくる。なんだかんだいっても、たいしたところへいけないのだ。全く。しかし、これは作家と比べるからであって、工学を仕事としている人なのだし、子供の頃から訓練していることでもないのだから、そりゃ当たり前だろうという気になる。そもそも、比べてどうするのか。

 気がつくと競争になっている。ほほ笑ましいような気分になるかもしれないが、これは一種の病気だろう。なぜなら、本来は楽しい本を読みたいとか、勉強したいとか、そういう動機で本を読み始めたのだ。少なくとも、冊数を競争しても意味がないのだ。なんで、やっているうちに変わってしまうのだろうかね、人の行動ってのは。

 このように、自分の行動はつねに監視していないといけない。何をやっているのかわからないでただ「がんばる」とろくなことにならない。努力と結果は因果ではなく相関でしかない。え、なんで努力がでてくるのだろうか、と考えなければならない。ちょっと待て、今なにをやっているのか。

 立ち止まって考える。これはスゴイ能力だと思う。これを冷静に定期的にやるようになれれば、ちょっと成長したのではないかと自負していいような気がする。

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紅茶を飲んでぼんやりしていると
心に浮かぶ風景

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マックシェーク
 
意味ない着ぐるみ。
マックシェークだろう。
なにもこんなに日に。
 
花火大会が終了し、
にぎわう道路に登場。
まぁ、面白いからいいけどさぁ。