Scienza / Foglio

vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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皆勤賞は手段を目的化してしまう

なぜ続けるのか。目的がだんだん外れていくところが面白い

 ブログを毎日つける人は一日エントリーを空けただけでも悔しいのだろう。皆勤賞と同じ動機が人を動かしているかもしれない。それは、自分との闘いようなもので、すでに本来の目的が見失われてしまった状態をさす。なぜそれをやっているのかというそもそもの問題も、その目的にはなにかという動機の問題も、続けるという行為の前に消え失せた。我慢強い人がそうなる。そして、周りの風潮は「続けることはすごいこと」とはやし立てる。全員が、そもそもの動機も目的も忘れてしまう。

 しかし結果は正直なもので、皆勤賞をとっても何かができるようになるわけではない。因果関係と相関関係との勘違いがあるのだ。過去に立派な成績を残した人が皆勤だったという事実が一度あると、皆その人にあやかりたいと思い、皆勤になれば立派な成績を残せるはずだ、というふうに誤解されたのだと想う。自分が何をしているのかついて真剣に観察しないと、因果関係と相関関係はすぐごっちゃになってしまう。

 ブログを毎日つけるということ自体に意味はないし、やったからといってなにか良いことが起きるわけではない。毎日付ければ毎日付けない人より回数は増えるので、よりよい(意味が不明確だが)ブログができるかもしれない。かもしれないが、それは仮説でしかない。毎日書いたから良くなるというものではない。ちょろちょろっと書いたのに上手で上手いブログを書く人は実際いるだろうし、読む方としてはそちらのほうが良かったりする。

 本を読むというような自分に情報の入力をたくさんする人は出力がしたくなる、ということを聞いた事がある。おそらくそれはウソである。ぼくは一時期本を相当読んだが、人に話したくてしょうがない、などということはなかった。たくさん入力をいれると、さらに入力が欲しくなるという症状に陥ったことがある。ぼくの印象はむしろ逆なのだ。

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紅茶を飲んでぼんやりしていると
心に浮かぶ風景

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地中海で泳ぐ

憧れの地中海で泳いだ。
イタリアのサルデーニャ島に行った時、
9月の終わりなのに海水浴をした。
しょっぱかった。

ぼくは浮いた。
何もしないでも浮いた。
海水の塩分濃度は高いが、
ぼくの体脂肪率も高いようだ。