Scienza / Foglio

vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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巨大なモニターを使っても見える範囲は同じなのだが

アップル30インチの魅力

 アップルの30インチモニタを購入し、MacBookProの外付けモニターとして使い始めた。画面がデカイ。自宅では10年前に購入した29インチのソニーのブラウン管テレビを見ているが、それより大きい。画面に向かうと視界全体がモニターになる。液晶も明るい。ここまでして綺麗な画面でプログラムをつくるのは、ちょっともったいない感じがするが、ぼくはグラフィックデザインの仕事をしていないから仕方がない。よい結果がだせるよう、精進しようと思う。

 その大画面で作業を始めて3時間すると、不思議なことにこのモニターを当たり前に感じている自分に気付く。さっきまで、感動しながら使っていたのに今はもうそんな感情はない。結果を出すための便利な道具である。たまたま自分が使っているだけで、とりたてて言うほどのことはないだろう。罰当たりにもそう思ってしまっている自分がある。これには我ながらビックリした。数時間で人は慣れてしまうのだ。

 自己表現のためのモニターを買ったわけではない。画面がデカイと効率的だから、それに死ぬほど高いということもなかったから。そういう理由で購入した。もちろん、自分の予算内で研究道具として購入しているのでポケットマネーではない。自分で買えと言われたら、結果的には買うだろけどボーナスの後になったはずだ。数ヶ月先行して作業を勧められていることになる。自分で購入したら認知敵不協和に精神がやられているだろうけど、研究費であっても気分がすこし萎える。ぼくは研究費を使わない研究をしているつもりだから、たまにこういうものを買うとビックリして、かえって逆効果になっているかもしれない。

 会社で作業している間は、この使い方に精々熱中しようと思う。では、自宅でも使いたいという気分になっているが、ボーナスで買えないかなぁと思っている自分に気付くのが情けない。想像力は道具ではない。よく知っていても、人はこういうものに弱いものなんじゃないか。