Scienza / Foglio

vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

IMG_2173.JPG

HOME > 2008 > 02 May

なんだ、みなそう思っているんだ

粋なポスター


IMG_5240.JPG 不思議だなぁとずっと思っていた。お化粧を電車でする人がいる。あれ、変身前なんだから人に見せないものなんじゃないかと思っていたが、最近は人前で平然とやっている。
 ぱたぱたと塗るような作業ならば揺れる車内でやれなくないだろうけど、このポスターのものなんか、急ブレーキがかかったらどうなるんだろうかなと思う。中には眉毛を描く人もいて、揺れで失敗したらどうしようとか考えないのだろうか、と不思議に思っていた。
 もっとも、失敗したところを見たことはないので、案外大丈夫なんだろうけど。


 したことはないけど、多分じろじろみるとこの人は怒るんだろう。みるんじゃねーよと言ってね。人前で、しかも電車の中でやってたら見るほうが普通。見るものがないから雑誌の縦吊り広告があるんだから。
 でも、こういう人はそんなことお構いなし。こういう人たちは、世界は自分のためにあると思っているのだろう。幸せなことだが、それで何処までいけるのだろうか。


 コンビニの前でヤンキーが座っていたり、電車の入り口でずっと座っている人をちょっと前は見かけた。今でもいるのだろうか。あの人たちは、他人を自由に見ることができるが、他人からは「見られない」というポジションにいると思っている。じろじろたらケンカを売っていると見なされ、下手をすると殺される。そんなの怖いから、だれもが「そんざいしない人」として扱うことになる。
 意思やゴミのようなものだと思い込むことにする。少なくとも、ぼくはそう考える。だって、病原菌は野生動物に「人の迷惑をかけるな」と言ってもムダだし、そういう要請をするほうが間違っていると思うので。


 車内で化粧をする人は、他人が自分を見ないはずだと考えているし、見るのは失礼なことだと信じているのだろう。あるいは、車内にいる人は「人ではない」と思っているのか。いずれにせよ、社会に生きてない人なのだろう。
 ヤンキーな人ならばまぁ仕方ないだろう。電車に乗り込んでしまった野生動物だと思うしかない。しかし、OL風の普通の人でも化粧しているところが意外なのだ。つまり、本当に普通の人の行為として電車で化粧する人がいるということだ。
 あれは、自己主張なんだろうか。


 社会の常識はゆっくりと変わっていくということなのだろう。