Scienza / Foglio

vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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チェルシーガーデンでリベンジ

よくわからないなりにデジカメで撮ってみる(F3.5)

 絞りとシャッタースピードの関係を少し勉強した。なるほどという理解のもとに実際に撮影してみることにした。だからといって、自由自在に使いこなすことは到底だ。こういう場合は両極端のクセを知っておくべきだと考え、まずは絞りを開放する状況で撮影してみた。F3.5が最小のレンズをつけて、広角にした。F3.5とある。この状態でシャッター速度が1/60よりも早い状態になっていればぶれないでうつるだろうとした。

 実際に太陽の下で撮影を試みると、シャッター速度は600などと早い状況になっているが、それはカメラが自動に決めてくれているのだからそれを信じて撮ることにする。ズームを固定にしてとるので、自分の方が花に近寄ったりしなければならない。ちょっと、気分がでてくる。さて、今回はキッときれいに花が撮れるだろうと信じてぱちぱちとやってみる。

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 絞りが開いているため、ピンとがあう領域が狭い。被写界深度が浅いと呼ぶらしいが、それがこの状況なのだと理解した。要するにちゃんとピントを合わせたところだけが見るに耐える輪郭をもつのだ。同じ株であっても、前の花と後ろの花はピントがあっていない。増してや背景はぼやーっとしている。いわゆるボケというものらしい。対象物以外のもののピントを自然にぼかす方法らしい。この場合、ちゃんとピントを合わせないと何を撮っているのは全くわからなくなる。

 ピンとが合っているところは細かく撮れている。なるほど、これがピントが合うということか、などと感心する。画像はiPhotoで取り込んでそれをBiNDにコピーしているのだが、色がちがってしまっている。何か調整が必要なのだろうか。こういうことはサポートに電話しても問題を伝えることすら難しい。そもそも、合ったり前の何かをぼくが知らないだけという可能性がある。というか、多分なにかぼくがへまをやっているのだろう。今回は色のことはほっておくことにする。

 花の写真を撮ったのだけど、すこし違ったものに目がいく。石の置物である。チェルシーガーデンには売り物がそこいらじゅうに置いてある。7人の小人などの安っぽいものではない。たとえコピーものであっても、欲しくなるようなできのものが多い。さすがに三越なだけはある。庶民のぼくには高いけれど、ここのお客さんには安いものなのかもしれない。いくつか紹介してみる。

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 ピンとがあった領域の印象はIXYと大分ちがうようだ。いや、IXYでも同じように撮れるかもしれないけど、こういう調整はなかなかできないだろうと勝手に想像する。E-510の方がきっと自由度がずっと大きいのだろう。

 このレンズでは背景がぼけてくれている。ただ、欲をいえば、Fがもっと小さなレンズを入手すればもっとスゴイ絵が撮れると想像する。できれば、そういう極端な例を勉強することで、F値の意味を感覚として身に付けていけるのではないか、と思っている。何かを実験するのならば、その条件をきちっとコントロールしてその結果を体感したほうがよい。頭で考えるよりも体感できるほうがずっと高度であるし、なにより実際使いものになるのは体感だかだから。

 この石像はなかなか味がある。というか、実物をじっくり見るよりも写真のほうが味がある。それは、もちろん自分の記憶のなせる技である。あの場で実物を見た人にしか、ここでいう味はわからないかもしれない。よい写真というものがあるのならば、それは写真を撮影した状況の記憶がない人にでも、写真を撮った人とおなじ気分を味わわせるような写真のことなのではないか、とフッと思った。