Scienza / Foglio

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どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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HOME > 2008 > 14 Mar

ヒアリングが読む力を鍛えるようだ

英語のヒアリング力強化をしていたら気がついた

 不思議な体験をしつつある。英語のヒアリング力が最近ちょっとよくなってきた。iPodを新しくしたさい、PodCastを毎日少しづつ聞くようにしたのだ。駅から会社まで歩いて15分の道のり。いままでバスで通っていたが、その道を歩きながらBBCのニュースを聞くようにしている。かれこれ3ヶ月になる。回数でいえば60回くらいか。それでも、最初よりは聞くのが楽になってきた。

 ヒアリング力の向上と聞くことが楽になってくることとは直接関係はない。ちょっと分かりにくい言い方だけど。Scienza/Booksのページでも紹介したけど、『ハートで感じる英会話』の英語は配置という考え方に接した後、ヒアリングにおいても単語の配置を確認するだけにしたら、実に楽に聞けるようになったのだ。S/V/O/Cという感じで配置を確認するだけで、日本語の意味をいちいち追わないことにした。いままでいちいち日本語的な理解をしていたから、ヒアリングが辛かったが、S/V/O/Oという感じで配置の区切りを確認するような聞き方に変えたら、えらく楽になった。そう、楽になった。だからといって、意味を完璧にとれるようになったわけではない。

 しばらく続けていると、意味もそのうち明確にとれるようになるだろう。なにせ、ニュースの内容なんだから。絶対に対したことを言っているはずはない。そう勘ぐっている。今は文章の構造を確認することの集中すればいいや。そういうスタンスでつづけてる。この作業を始めてから2週間くらいしか経っていない。

 たまたま洋書の教科書を読むことがあったのだが、気付いたら実に英文を読むのが楽になっていた。内容は内容で難しい。どちらかといえばさっぱりわからないに近いのだが、英語を読む作業は空気みたいに感じるようになっている。驚いた。なぜだろうか。思い当たるのは、英文の聞き方を変えたことぐらいだ。しかし、これが原因なのではないかと思う。

 というのは、黙読するときぼくはいったん音にしているからだ。英語であっても黙読するときはいったん頭のなかで発話している。そして、それを聞いている。聞いたものから意味をとっている。そういう実にまどろっこしい作業をしている。ただし、日本語であっても同じ。速読に一時興味をみったのだが、ぼくには黙読であっても音で読む方が合っているらしい。英語に到っては完全に音で読んでる。ならば、自分で英語を音を出し、それを聞いて理解するのならば、ヒアリング能力が向上すれば黙読にも影響がでてくるはずで、それが今体験したことなのだろう。なるほど、これはいい。

 英語を読むことが楽になると、洋書をがんがん読めるようになったことを意味する。ありがたい。読みたい本がたくさんあったのだが、手を出せないでいたのだ。日本語訳ができるものを待っていた。しかし、どうやらその心配もなくなっていたのかもしれない。ということで、amazon.comのほうで何冊も本を購入した。amazon.comのマーケットプレースで古本も買ってみた。さて、楽しみ。今の円高はすすんでいるので、amazon.co.jpの洋書コーナーよりも安くかえるんだよね。ありがたい。