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vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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リスニングを鍛えるには前提条件があるかもしれない

ダメな方法を鍛えてもダメなのだ


 また英語の話である。今日はリスニングについて気付いたこと書いてみる。聞き取れるようになるためにはリスニングが必要であることに誤解はない。音から単語を切り出すというワザは慣れないと、そもそも単語を知らないとできない。最初は単語を知らなかったのになぜ単語がわかるようになるのか。それは鶏と卵の関係なのか、はたまたヘレン・ケラーの自伝にあるように言葉と現実との「対応」を体感する経験が元なのか、どっちかなのだろう。しかし、ここで問い掛けたいことはそんなことではない。それは、リスニングをする前に知っておくべきことについての問いだ。

 日本で英語を勉強した人が、教室で習った英語感と勉強方法とそのまま抱いたままリスニングを続けても、おそらくだが英語は上達しない可能性がある。これはぼくの経験則だから一般の人全てにいえることではない。しかし、大抵の人には当てはまるのではないか。なぜならぼくは大抵の人なんだから。どういうことかといえば、英語を聞き取る際、一文全てを聞いてから意味をとろうとしてしまうのではないか。学校英語であれば、一文を見てから、後ろの方のほうから日本語にするクセが付いているのではないか。大抵の英文は後ろから日本語に翻訳していったほうが、日本語として自然になる可能性があるからだ。また、日本語は文の最後まで聞き取らないと意味が確定しないという構造上の問題もある。つまり、そういうクセがあって、リスニングでも一文を全部記憶し、英語を日本語に翻訳するのにかかる時間を短くするように努力しているのではないか。少なくとも、ぼくはそうしようとしている。そして、これは負け戦である。そんなこと絶対にできない。出来る人は超人的な頭の回転速度をもっている。つまり、不自然なのだ。用事でも小生意気なことを言える子供はどの国にもたくさんいる。ならば、成人が能力の限界まで使わないと機能しないという方法はずばり大間違いの方法だろう。

 なぜ、子供でも素早く英語を理解できるのだろうか。発音はともかく、理解する速度が速すぎる。多分、一文が全部聞いてから翻訳するなどということはしてない。これがぼくの答えである。とういか、昨日のエントリーで紹介した『ハートで感じる』本を呼んでそう思ったのだ。英語は左から右に、順番道理に出てきた順に理解できる。一時的に記憶しなければいけないのは関係代名詞だけで、それ以外は左から右、つまり、時間的に単語が出現した順に理解できるはずなのだ。日本語への変換など普通の人は瞬間的にできない。もはや、そうとしか思えない。これはもう確信している。

 英語は英語のまま理解せよ。このアドバイスを何度か聞いた事がある。「それができれば苦労しないよ」と聞いたときには反発する気分がしたし、最近までしていた。が、おそらく、英語のまま理解せよというアドバイスは正しいのだろうと思うようになった。おそらく、その説明が足りなかったのだ。それを大西が『ハートで感じる』本で教えてくれたのだろう。あの本はただの英会話本ではない。英語教育を根幹からかえるものかもしれない。つまり、普通に英語を話せない教師を一層するくらいのインパクトがある可能性があるくらいのもので、下手をすれば発禁になるような代物かもしれない。

 左から右へ。聞き取った時点で、それなりの意味をなすようになっているという心構えが出来ていれば、リスニングをすることでそれを体験することがきでる。あ、本当にそうなんだと思えば、おそらく遠からず英語がつかえるようになるだろう。しかし、これまで通りの教科書の英語法しか頭にない場合、できるはずもない超高速な日本語への変換どりょくを積み重ねるだけで一行に上達しないばかりでなく、むしろ英語の理解を出来ないように強化されてしまい、しかもやる気をそぎ落とされるだけでいいことは一つもないかもしれない。それだと、英語教育に関係する会社が儲かるだけである。

となると、英語学校にも疑問がでてくる


 普通の英語学校って、どういう授業をしているのだろうか。ネイティブの人と教室で1時間話したからといって、何かが話せるようになるのだろうか。多分ならないのではないか。もし、本当に効果があるならば、信じがたいくらいの人が通うはずだ。なぜなら、海外旅行へ出かける人ならば英語ができるとすごく得だと知っているし、仕事でつかえればもっと楽しいことができるだろうと思っている人がたくさんいるだろうから。でも、現実はそうなっていない。だから、多分通ったところで対して上達しないのだろう。

 英語学校は、なるべく多くの時間を長い期間つづけることを奨励するだろう。身体をつかったことはそうする必要があるのは確かだが、会社として安定して儲かったほうがいいからそう勧めるに決まっている。しかし、英語の構造的な心構えができていないならば、たいして上達しないと思う。かなしいかな、これを指摘する人はこれまですくなかったはずだ。そんなことを英語学校で教えているとは思えない。なぜなら、それを説明するには大西のように日本語で説明しなければならないからだ。もしも日本語ができない人ならば、そんなことを知っていないだろう。そのぶん上達も早い。日本語を知っていることが、英語が上達するやくには絶たない。子供ほど早く英語を獲得できるという経験的な事実がそれを物語っている。

 あーあ、なんでもっとはやく大西の本に接する機会がなかったのだろうか。と思ったが、過去の本を読んでも『〜英語の5原則編〜』のようなことが書かれている本はないみたいだから、今現在大西たちが編み出している方法に素早く接することができたことを感謝するほうがいいかもしれない。まったく、中学校の英語教師間でうらめしく思えてくる。そんなことをここロス・アンジェルスにきて考えている。なんてこった。