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vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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風邪と依頼

風邪


 風邪になりそうだ。家族で一人風邪をひけば、どんなに体調を整えていても風邪がうつる。仕方がない。仕方がないとはわかっていても、海外出張へ出かけることが確定しているときには困ったことになる。なんとかして風邪で倒れたときにやろうとしていた作業を前倒ししてやっておかないと最悪である。潜伏期間が1週間あるとすると、海外で風邪をひくことになる。これも厄介だ。学会でプレゼンをするなど代理が立てられない場合は窮地におちいる。

 とまぁ、いろいろ不安がつのる。なんだかのどが痛くなりそうな気配である。薬を持っていくにしても、液体は面倒なことになる。あと1週間あるとして不安な日々を過ごす今週になりそうだ。

 マーフィーの法則は生活の知恵なのだと思うが、実にあたる。こういう時に限ってなにかと週末に用事がはいる。自分のことだし、お金もかかっているからやめるわけにはいかない。なぜ、今週なんだろうか、と考えるが、そんなことを考えるヒマがあったら作業したほうがよい。そう思ってパソコンに向かったが、こうしてブログをアップしているわけである。これは逃避行動。学生時代、試験前になると必ず本が読みたくなる。それも、哲学だったり文学だったりして時間がかかるようなものを。そして、なんとか試験が終わると、すべてをすっかり忘れてしまう。

 結局、歳をとってもやれることは変わらないのだ。

 さて、風邪をひいたのは嫁さんなので、昨日今日と夕飯をぼくが作っている。冷蔵庫にあるものだけで意外といろんなものができる。昨日はオムライス、今日は豚肉のショウガ焼きをつくった。オムライスのチキンライスは、永谷園のチャーハンのもとを「塩」替わりにつかってケチャップで色をつけた。これだけで十分ダシがでた。ショウガ焼きは、肉があるのならば、ショウガ(チューブのものでよい)に醤油と酒で下味をつけて焼けばいい。キャベツがあれば刻んで添えるとよい。

 この手のものは、あまり考えないですいすい手が動く。一人暮らしを1年ちょっとやったし、その間自炊もしたので結構料理はできる。一年に1,2回(嫁さんが風邪で倒れたときなど)しか料理しないのだが、身体で覚えたことは忘れない。レシピも、カレー、ハンバーグ、トマトのパスタ、肉ジャガ、みそ汁・・・と2週間くらいならば毎日別のもが作れるだろう。こういうところは、歳をとってから身体になじんだ能力だと思っている。料理は鼻歌交じりにできるので結構楽しい。

依頼


 こうしてブログを更新する。誰に頼まれたわけでもないのに、なぜこんなことをするのだろうかと思っている人はたくさんいる。たまに、自分でもそう思うことがある。決してクセとはいえない無益な行動だ。始末が悪いことに、読者は設定されていない。まぁ、プロの作家ではないのだから当然なのだが。

 物事は依頼があってから作業開始するわけではない。このようなことをしてください。そういわれてから、さぁ必要な知識を獲得し、使い方を訓練し、試作、試行錯誤、そして、依頼品の完成、という経路をたどることはない。当たり前である。依頼は、すでにできる人にしか行かない。出来ない人に頼む必要がないからだ。

 では、今すぐ依頼を受けるような能力がない人はどうすればいいのか。コネを探してもムダである。まずなにより、依頼されるような能力を身に付けることである。自明過ぎる答えだが、意外に気付いていない人も多いような気がする。

 幸運の女神は前髪しかない。よい言葉だと思う。簡単に言えば、準備せよ、ということだ。何かが起きる前に、起きてもいいような準備を完了しておけ。そうでないと、チャンスが来ても逃すだけだ。チャンスは「ちょっと待ってください、今から練習します。多分、だれよりも出来るようになると思います」といっても相手にされない。そっと、いなくなるのだ。だから、女神が現れる前に準備を完成しておく必要がある。

 こうするとブログの意味がわかる。自分なりに考えをもっているとする。言葉で表現できるような能力がほしい。企画力も欲しい。なにより、面白い文章をかけるような言葉の運用能力と企画力が欲しい。そう、考えている人はブログを始めるのではないか。依頼される前に原稿を書いているのである。もちろん、プロではないし編集者の助言もないし、批評してくれる人もいない。続けたところで上達の見込みは低いかもしれない。別のことをやったほうが時間の使い方が有効かもしれない。大抵の人はそう考えるし、過去と現在との情報から判断すれば、その回答はあながち間違っていない。

 それでも、あることがやりたいと思っているのなら、そういうきっかけが欲しいなと思うのならば、誰から依頼されなくても行動を開始せよ。

 クランボルツのPlanned Happenstance Theoryが言いたいことは、実に単純なことだよね。