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vietatofumare.grazie のblog

どうしてなんだろうか。隅田川を眺めながら清洲橋で考えた。

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永遠に抜けない師匠の技量

年齢と同じ


 昔から「すごいなぁ」と尊敬する友人がいる。いわゆる学校の成績や発想の面白さ、総合的な教養などで僕はかなわなかった。ぼくが今現在興味をもっている分野あるいは仕事にしていることについても、勝てていないのかもしれない。

 思えば高校生のときに、「あぁ、こいつには勝てないなぁ」とおぼろげに思っていた。大学ではぼくだってそれなりに勉強していたから少しは追いついただろうし、モノによっては抜いただろうと漠然と思っていた。その後社会人になってお互い別々の仕事をしていた。

 ところが年賀状を見て、自分の仕事と似たことをその友人はしているらしいことを知った。ちょっとショックを受けた。なぜなら、多分その友人には今の自分でも勝てないだろうから。なるべく別の道でがんばってお互い相手とは違うところで「オレの方がすごいぜ」と言えるもんだろうと思っていたが、そうならなかったようだ。

 ある人を目標としてがんばったとしよう。既に出発時点で差があったということだ。言い換えれば師匠からモノをなるようなものだ。一生懸命ならい、それなりに才能があればその相手に追いつけると思うことは自然な気持ちではないか。悪い意味ではなく、いつか抜いてやるという気持ちが励みになるのは事実だ。

 しかし、そうならない。当たり前なのだ。なぜなら、相手も努力するだろうから。自分は相手を目指して走るが、相手も同じように努力する。10年の違いは、30年たったて抜けない。当たり前なんだ。言って見れば、年齢と同じだ。追いつくことすらできない。死なない限りは。

 まったく当たり前なことだが、実はさっき悟った。まさに、悟った。と同時に、何かで相手を負かしてやろうとする場合、自分よりも優れている人を相手にしてはいけない。意味がないのだ。そう思ったら、なんだか気が楽になってきた。そうか、相手との関係は相手が努力する限り変わらないのだ。