HOME > 2007 > Sep 25

物事が分かるにはメタな視点が必要なんだ

なんでこんなことを言うかといえば


 井沢元彦の本を読んで、いたく感心する。と同時に、日本史を専門にあるいは、世界史でも同じだが、歴史学の学者に腹が立つ。要らない職業だろうなぁ。その道の専門家と呼ばれる人、おれは差別し、軽蔑する。もっとも、文系の学者なんてくそみたいなもんだけど。

 ちょっと前に、プロと称する人とのブログをちら見したが、なんとも不愉快なものだった。塩野七生や司馬遼太郎をコケにすることで自分たちのくそ論文・くそ研究に権威を与えようとしている。院生と議論させたらどうかなどと真顔で主張してるアホである。大学生、とくに、文系の大学生にそんな知力があるわけないじゃん。理系は実験やシミュレーションすると自分たちのアホさ加減がバレるという科学の効用のおかげでダメはダメなりに自覚できるのだけど、思い込みが全ての文系学生は自分たちの愚かさを自覚できる装置をもっていないので、どうにもならんということに気付いていないみたいだ。

 なんでもそうだが、キャリブレーションする機構をもっていないとおかしなことになる。とくに、考えるだけの仕事には必須だ。世界史の中で日本史を見れば、自分たちが何を対象にしているのかわかるだろうに。でも、細かく緻密に調べることに価値があると思っている集団には、自分たちが何をやっているのか分かるはずがない。まぁいいか。

 全く好き勝手に発言するのも悪くない。嫌いなものをずばっと言えるのも気分がすっきりする。世間虚仮で生きていく方法を未だに見出せていないから、アホだなぁと思うことに付き合っていく必要はあるのだけど。