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過去の自分を味方にする

チーム、チーム、言うなよな


 チームワークで仕事をする、信頼できる友達がいてチームを組んでいる。一人よりチーム。大きなことができる。とまぁ、チームワークが大切だと言われる。その通りであろう。1+1=2以上の成果がでる可能性があるし、人類はそうやって発展してきたことも知っている。

 しかし、自分の周りを見てみてもそんな人がいない。私、寂しい人なのか。そういう人はレアなのか。いつもチームワークで仕事をしているのだろうか。同僚が信頼出来る人ばかりなのだろうか。友達と飲みながら人生論を語りあっている人ばかりなんだろうか。ちがうだろう。チームワークや友情が叫ばれるのはそういう関係を持っている人が少ないからだろう。右も左も「和気あいあい」な人ばかりなら、チームワークなんて言葉はだれも口にしないだろう。

 だからといってチームワークの価値がなくなるわけではない。それは相変わらず大切なものでありつづける。古代ローマが繁栄の後に転落していく様子は、チームワークが崩壊していくという視点からみると実に納得してしまう。すくなくとも私はそう思っている。「私はローマ人である」というチームワークを束ねる「価値」が薄まっていき、それそれがそれぞれの事だけを優先して考えるようになっていったので、いろんな事が起きた揚げ句に偉大な文明があっさりと消えてしまった。蛮族の影響は大きいのだが、それが要因で「まとまり」が無くなってしまった。他のいかなる文明でも技術でも、人がやる事ならばそうたいした違いはでない。

 では、信頼できる同僚や友達がいない人は人生をエンジョイできないのだろうか。自分じゃどうしようもないこの問題をいろいろ考えてきたが、結論としていえることは「一人ではダメだ。人がいないならば過去の自分を持ち出すよりないだろう」だと思う。中学生日記ではないので「友達を作ろう」なとどいう「価値がない回答」では意味がない。現実的に考えたら、過去の自分も現在に動員するよりないだろう。

team.jpg どうやってやるのか。安直に言えば、過去の経験を100%機能させるように保てばよい。例えば、今自分が考えた事、結論したことを1年後でも一瞬で出力できるようにしておく。きちんとメモをとり、すぐにひ出せるようにしておけばよい。あるいは、勉強したことは結果だけでなく、過程についてもログをとっておく。こうすれば、後々「忘れたからもう一度」とたどるときに、劇的な時間短縮につながる。何も特殊なことをするのではない。「ノートをとって、いつでも復習できるよう整理しておく」という当たり前なことをすればいい。私はそう考える。

 未来における過去の自分とは現在そのもの。実はこのエッセイも今考えていることを言葉としてまとめていることを目的としている。インターネットにぶら下げておくことで素早く検索できるようにと目論んでいる。