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知らないことは怖い

なんだってそうでしょう?


 例えばある事をしようと思っているとする。ただし、その事をどうやってやるのか想像はできるが、具体的にはわからない。それができれば自分は優位な位置につける。しかし、知らないと誰かにその位置をとられるだろう。ただしその技術を獲得するのに実際どれくらいの訓練が必要なのか、はっきりはわからない。

 はっきり分からないでも、実は多分できる。そういう状態がある。この状態では自信が持てない。そのとき、恐怖が呼び起こされる。あるいはおっくうになる。なんだかんだといって、すぐに作業にとりかからない。じっくり考えるために情報を集めたりする。しかし、このままでは肝心なところへ近づけない。

 なぜぐずぐずするのだろうか。意識において次のアクションに確信がもてない、あるいはなにをやっていいのか分からないから。迷っているのだ。いってみれば、無意識の呪縛に捕らわれているようなもの。ある種の「気分」に支配されており、「論理的な考察」では説明することも状況を打開することもできない。例えるなら、無意識に「反応している」だけ。一方で、意識は「このままではいけない」と思っている。この矛盾が焦りである。結末を予想する行為と焦りが加わった気持ちを恐怖と呼んでいる。恐怖すべてはこの状態ではないが、どんな気分かといわれれば「怖い」と答えることになる。

でも、結局はそれが問題ではない


 やってみなはれ。これはスタック状態から抜け出すための一つの英知である。それ以外の方法で心理的スタック状態から抜け出せない。この英知は時代や社会の複雑度は違っていても正しい。であれば、人が置かれるシチュエーションはそんなにかわらない、ということでもある。じつに、くだらないことをいっているようだが、正解は意外なことではない。この手の問題について、正解は周知なのだ。行動を起こすと結構この手の恐怖感は薄らぐ。

 歳をとると考える力は分からなくとも、行動をスタートされる力が衰える。肉体的衰えよりもこちらのほうが生活に支障をきたす。であれば、歳を取らないためには行動開始まで身軽にすることである。