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あの人は

マスコミの情報って、信じたら危ない


 池田清彦も養老孟司も、どういうわけか佐藤優の本を薦めている。面白い、一気読みしまったと。でも、佐藤優ってムネオハウス事件で逮捕された外務省の人のはず。ジメーっとした闇のなかでうごめく犯罪、その犯人が綴った「実は俺は悪くなった」という弁明だとしたら、なんでそんなものが面白いのだろう。その種の役人や政治家は「自分が偉いことを証明したい」か、「おカネが欲しい」のかどちらかで行動しているのだろうから、弁明の内容も予想がつきそうなものだ。

 とはいえ、読んでみた。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』。面白い。良く書けている。著者は役人である。ならば役所文章を毎日書いていたのだろう。しかし、この本はそれを微塵も感じさせない。著者は真実、ドキュメンタリーとして書いていると思うが、第三者からみても立派なエンタメになっている。発売後2年間で23刷になっているから、関係者以外の市井の人も面白いと思っているのだろう。

 登場人物は実在しているし、新聞やテレビで顔写真を良く見たので声まで聞こえてくる。マスコミが形成した像とは全く異なるが、それぞれキャラは立っている。佐藤優分析官はつねに国益を考え行動しており、鈴木宗男はよく考察して日本のために行動している。まるで「政治家」っぽくない。国政に関与し、外交に従事する人は「こうあるべき」という著者がもつ信念を登場人物の行動と発言を通して表現しているようで、書いていて楽しかっただろう。ことあるごとに佐藤優の身の安全や将来を配慮してくれ、信用してくれる人が国内外から登場してくる。人間ならそうありたい。

 この内容がホントだろうとウソだろうとこの作品の価値には影響しないが、事実がどうかはRashomon (Sub)(日本語では『薮の中』)である。少なくとも、この世界は著者の視点、ワンサイドの見方で再構成されている。それさえ忘れなければ、ところどころに見られる部分的な詳細で具体的な情報(ホント)と理想化された記憶(ウソ)とを分離するのは難しいことではない。それがあるので読んでいて楽しい。

 外務省の分析官である著者はもともと作家になるつもりだったのか。でなければ、なぜここまで書けるのか。忙しい人に短時間で読んでもらって理解してもらえるレポートを書いていた情報分析官の仕事で鍛えられたのか。レポートとエンタメの本とは大分違うはずなのだが。

 今、ジュンク堂に佐藤優書店があるらしい。毎日が楽しいのか、気分がよさそうな写真がある。完全にノンフィクション作家になっている。著者のお勧め本を見てみたが、哲学や宗教の本が数多くリストアップされている。それなりの人はやはり勉強している。どんな分野であろうと結果を出す人には下地がある。でも、そらだけではない。

 『小説を読みながら考えた』では、佐藤優はロマンティストだと言われている。なるほど。単なる分析官ではこの本は書けない。一つの事件の総体を筋の通った物語になっている、しかも国政や外交にロマンティックな思いを持って書かれている。この本を読んでいくうちに、その世界に入り込み、その世界の視点を獲得し、そして読み終わった後で日常に戻ってくる。その後マスコミにこの手のニュースを耳にしたときには、その事件の内側の世界を自然と想像してしまう。良くできた物語の効用はこういうところにある。単にマスコミのたき付ける負の感情をストレートに抱かずにすむのだから。